【お題22】天国と地獄2007/12/19 22:56:36

「天国と地獄」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「天国と地獄」ordered by helloboy-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



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◇ 金曜夜・研究室

「天国と地獄が同時に同じ場所に存在するとは神学的な大事件だな」
 友近がグラスのシングルモルトウィスキーをなめながら言う。風間は自分のグラスにウィスキーを注ぎながら同意する。
「本当に。最初はそんなつもりはなかったんだが」

 二人の見ている先には小さな嵐が巻き起こっている。青みがかった灰色の風が疾走し、その後を漆黒の風が追う。両者が絡まり合ってごろごろところがり、研究室の机の脚に激しく衝突して二つに別れる。さすがは風だけあって机の脚に激突したことなどまるっきり気にせず、もう次の疾走に移っている。

「でもこれじゃあ、やってられんだろう。学生に文句言われないのか?」
「学生の方が喜んでるんだってば、おれが連れてきたのは天国の方だけだし」
「じゃあ地獄は」
「さあ。学生の誰かだと思うが、そこまではわからん。ある日気がついたら増えていた」
「天国が地獄を招いたのかもよ」
「ああ。それでも不思議はない。こいつらちょっと変わってんだ」
「天国と地獄が同時に同じ場所に存在するとは神学的な大事件だな」
「お前、それ、さっきも言ったぞ」
「そうか?」

 友近はずいぶん弱くなった。前は少々のアルコールでは何の変化もなかったが、最近では早々と眠そうな顔つきになるし、話もぐるぐる回り始める。でももう長らく続いた習慣で、金曜の夜にこうして研究室でだべりながら飲むのをやめることができない。特に妻を亡くしてからの友近は、家に帰りたくないのだろうと思うから余計にやめられない。何をしてやれるわけじゃない。言ってやれるわけじゃない。でも笑顔を浮かべることすらまれになった旧友をほったらかしにすることもできない。まあ、それを言い訳に二人とも好きな酒を飲んでいるだけかも知れないが。

「週末なんかはどうしているんだ?」
「誰かしら出てくるから相手はしてやれる」
「長い休みは?」
「前の夏休みはうちに連れて帰った。でも途中で地獄がいなくなって大騒ぎだった」
「どうしたんだ?」
「それが研究室に戻ってきたらちゃんといてさ」
「猫は家につくっていうからな」

 そう言った途端、天国が壁際の棚を一気に駆け上がり天井近くからとんぼ返りを打って風間の膝の上に落ちてきた。続いて地獄が同じことをしようとしたので、風間は思わず立ち上がって「こらっ!」と一括した。その途端2匹はしおらしくなって、しかし風間ではなく友近の足元に寄っていき頭をすりつけ始めた。

「おれのところには来ないんだ。叱ったからな」
「頭がいいんだよう、なあ?」
 友近が猫たちの頭をなでながら、妙に高い声で言うので風間はおかしくなる。
「で、どっちが天国でどっちが地獄だ?」
「真っ黒なのが地獄。灰色に薄い白い点が5つあるのが天国だ。というか、最初はテンゴだったんだけどな」
「ああ?」
「点々が5つあるからテンゴって呼んでたんだが、そのうちテンゴ君がつまって天国になっちまった」
「テンゴクンか? ははは。で、地獄の方は?」
「天国がいたから地獄さ」

 言った途端に地獄は目を細めて友近に甘えた声で鳴いてみせる。
「おおーそうかあ。地獄がお前みたいなら、死ぬのもそんなに悪くないかもな」
「そうでもないぜ」すっかり地獄ファンになってしまった友近を見ていてからかいたくなり、風間は鈴のついたボールを投げる。「ほらっ」

 天国がまずボールを追い、その後を地獄が追う。ボールを押さえた天国に地獄が飛びかかり、そのまま大きな毛玉となって鈴の音を鳴らしながら転がっていく。またしても2色の風となった猫たちは研究室の中を所狭しと駆けめぐる。

「天国と地獄が同時に同じ場所に存在するとは神学的な大事件だな」
 また同じことを言っている。その途端、風間の膝の上を天国と地獄が次々に駆け抜けていく。
「まったくだ」風間は同意する。「盆と正月が一度に来たようだとは言うが、これは天国と地獄が一度に来たようだ」
「悪くないじゃないか。全然悪くない」

 2匹の引き起こす大混乱を眺めながら満足そうに目を細めて友近が言う。まったくだ。その様子を見て風間は心の中で同意する。悪くない。全然悪くない。

(「天国と地獄」ordered by helloboy-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題23】サイコロ2007/12/19 22:57:46

「サイコロ」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「サイコロ」ordered by miho-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



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◇ マジックナンバー7

「極めて論理的です」女探偵は人差し指をぴしりと立てると、言い放った。「児玉さん。曜日はいくつありますか?」
「曜日?」
「そう。曜日です。いくつありますか?」
「いくつって。7つってこと?」
「そうです」勢いよくうなずくと女探偵はせかせかと歩き回り始めた。「そう、7つです」

 私は椅子にかけたまま彼女を目で追い、考える。身のこなしはバレリーナを思わせる。細身ながら鍛え抜かれて優雅で、無駄がない。からだにぴたりと合った黒いスーツはダンサーの練習着のようにも見える。いまにも華麗なステップを見せてくれそうだ。

「7つ。それがなにか」
「マジックナンバーです」
「マジックナンバー」私は苦い薬を飲み込むような気分でその言葉を口にした。「7が? マジックナンバーなんですか?」
「そのとおり!」
「ラッキーナンバーじゃなくて?」
「マジックナンバ−ですよ児玉さん!」女探偵は近づいてきてぐっと顔を寄せてきた。そして私の顔にわざと息を吹きかけるようにして言う。「あなたはご存じのはずです。どうしてこれがマジックナンバーなのかを」

「わかりませんよ」美しい女の顔が至近距離に近づいてきたので内心動揺しつつ、答えるべきことはきちんと答える。話が飛躍しすぎだからだ。「わかるわけないじゃないですか」
「わかるわけないとおっしゃる。あなたが!」ためこんだ笑みを顎のあたりに漂わせながら女探偵は両手の指先を合わせる。透き通るように白く細長い形のいい指だ。その指先を顎の下に当てて話し続ける。まったく見飽きることのない女性だ。「記憶の名人のあなたが」
「どなたかとお間違えでしょう」
「いいえ。著書も拝読しました。ああなるほど」再び指をぴんと立て、女探偵は間をおく。「ご著書ではペンネームを使っておられるし、顔写真もない。でもだから違うと言われても困る。そういう子供だましはナシです」

 面白い女だ。私は興味が湧いてきた。まるで『古畑任三郎』か何かのキャラクターを演じているような話し方だ。これは本人の地なのか、それとも演技をひっぺがすと別な人格が顔を出すのか。
「人間が1度に記憶できるチャンクは7±2というんでしたっけ?」女探偵は私の考えなどお構いなしに続ける。「マジックナンバーは7というわけです。完璧な数字。世界を動かす原理」

「だから何なんです?」女探偵をしばらく眺めていたい気分になってきたのでもっと会話を続けることにする。「話がそこから進んでいませんよ」
「はい。問題はそこなんです」再び顔を近づけてきて女探偵が言う。ミント煙草を吸っているらしい。「あなたは発見した。世界を動かす原理を。完璧な装置を」
「それがどうしました?」
「この装置が最近機能していないから世界は前に進まなくなった」
「その装置が世界を前に進ませている?」
「そう。正確に言うと次の選択肢を選んでくれるのです」
「選択肢? ロールプレイングゲームのように?」
「そう。ただし人間界の選択肢より一つ多い選択肢の中から」
「何なんですそれは」
「正七面体の完全物質」
「そんな立体は存在しない」

「そんな立体は存在しない」女探偵は復唱する。「では犯行現場に残されていたこれは何でしょう?」
 そう言うとスーツの右ポケットに無造作に突っ込んでいた白いハンカチを取り出す。そんなはずはない。これはフェイントだ。私の動揺を引き起こそうとしているのだ。

「どうしました?」
「何を言っているのかさっぱりわかりませんよ」
「ではここで振ってみましょうか」
「振る?」私は頭を回転させる。そして会話の方向を変えることにする。「私を振るんですか? まだ口説いてもいないのに? ではまず口説きましょうか。あなたは美しい、あなたの目は」
「では振りましょう」相手にもせずに女は言って、ハンカチの中のものを右手にとるや手首のスナップを利かせ丸めた手の中でころころと転がし始めた。いけない! そんな使い方をしてはいけない!

「いけない!」私は叫んだ。「サイコロをそんな風に使っちゃいけない!」
 女探偵は手を止めずにちらっとこっちを見る。それからゆっくり手を止め、右のポケットにつっこむ。何も言わない。私も何も言わない。
 間があいた。
「サイコロ?」やっと女探偵は言った。「ひとことも言ってませんよ、私は。サイコロなんて」

 かくてわたしは女探偵にとらわれる。正七面体のサイコロを神から盗んだ不届き者として。まあいい。どうせとらわれるなら美しい女の方がいい。それに、世界を動かす原理なんかより、この女探偵の心の方がずっと盗み甲斐があるというものだ。『カリオストロの城』の銭形警部風に言えば、だが。

(「サイコロ」ordered by miho-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)