【お題27】色気とセクシー2007/12/25 00:00:37

「色気とセクシー」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「色気とセクシー」ordered by オネエ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



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◇ in the car

「ソウくんこんにちは! おじさんお邪魔しまーす」
「はいどうぞ。狭くてごめんね」
「それじゃあ今日はよろしくお願いします。メグミいい子にするのよ」
「はーい」
「では行ってきます」

 なんだ。母親は一緒に来ないのか。バリバリのキャリアウーマン風に決めた母親は娘を預けると行ってしまった。娘も母親に負けず劣らず華のある少女で、とても幼稚園児とは思えない存在感を放っている。顔立ちが整っているのはもちろんのこと、言葉づかいもしっかりしているし、態度もはっきりしていて気持ちがいい。それに何と言っても目に力がある。お仕着せのファッションで格好をつけているのではない、自然なオーラが出ているのだ。うちの息子がこんな子と仲良くしているというのが不思議だ。いいように利用されているんじゃあるまいな。

 サイドブレーキをはずして車を出す。後部座席では子どもたちが話し始める。
「じゃあ今日は何にする?」女の子が意気込んで言う。「むずかしいのがいい」
「そうだな」息子が少しためらうようにしてルームミラー越しにこっちの様子を見ている気がする。どういうことだ?「むずかしいっていうのはクイズっぽいってこと?」
「クイズっぽいって?」
「たとえば、カフェオレとカフェラテの違いは何かとか」
「じゃなくてー」女の子はあっけらかんと言う。「もっと何て言うの、アダルト?な感じの」

 アダルト? いまうちの息子の女友だちはアダルトと言ったのか?

「え? どういうこと?」息子の声が低くなり、ますますルームミラー越しにこっちを見ている。何なんだ。察するにいまからする話をおれに聞かれたくないと言うことだな。「あのさ、それってまた今度に……」
「色気とセクシーの違いは?」

 婆さんをひきそうになって、あわててブレーキを踏む。

「きゃっ!」女の子が叫び、息子にしがみつく。
「失礼」おれは車内の紳士淑女諸君にあやまる。「ばば……おばあさんが急に飛び出してきてね」
 後部座席が気になって婆さんに気がつかなかった。あぶない危ない。
「大丈夫ですよ、ソウくんのパパ」女の子は明るい声ではきはきと言う。そうか大丈夫だったか、良かった良かったと心が晴れ晴れしてくるような声だ。そのままの声で会話に戻る。「説明できる? 色気とセクシーの違い」
「ええー?」

 息子が答えようとしないのはわからないからではなくて、ここにおれがいるからに違いない。おれがいなければいつもこういう会話をしているのだ。おれの息子は。どういうことだ。いまの幼稚園児というのはどういうことになっているんだ? これは一般的な現象なのか、うちや、あのキャリアウーマンのようにシングルパパやシングルママの家において引き起こされる現象なのか。

「じゃあ。たとえば誰なら色気があって、誰ならセクシーかな」
「落語家で色気があるとかって言うよね」と息子。「あれが芸風の話だけど、セクシーな落語家って言うと単にプレイボーイって感じで」
「あ!あ!あ! ダメダメ、そういうので逃げちゃ。もっとストレートに、男女関係限定で行こうよ」

 男女関係限定で行くんだ。

「じゃあソウくんにとって誰なら色気があって誰ならセクシー? わたしは?」
「ええっ?」息子はものすごく困っている。おれだって困る。あんな聞かれ方したら。「ソウくんのパパはどう思います? わたしは色気がある? セクシー?」

 なんでおれに振るんだ?

「ははは。幼稚園ではいつもそんな話をしているの?」
「ねえソウくんはどう思うの?」

 シカトかよ。おれのセリフはシカトかよ。

「落語家の話じゃないけど、セクシーって言うのは性的に引きつけるってことだと思うんだ」息子までおれをシカトだ。「色気っていうのはそれに限定しない、愛嬌みたいなものも含むんじゃないかな」

 というかその深い議論は何なんだ。大人のおれにだってそんな会話はできないぞ。

「また逃げる。わたしはどうなの?」
「だからメグミちゃんはセクシー以前、色気少々って感じかな」

 なんてうまいことを言うんだ。おれにそのトーク術を教えてくれよ。

「なにそれ」不満なのかよ。すげえうまいこと言ったじゃん、おれの息子。「ねえ、ソウくんのパパ、うちのお母さんは色気がある? セクシー?」

 セクシー、かな。ってまともに考えてどうすんだよ。

「メグミちゃんのママはとっても魅力的だから、どっちもあるんじゃない?」
 メグミちゃんの口から伝わることを想定しておれは言葉を吟味する。
「ソウくんのパパは色気って言うよりちょっとセクシー、かな」
 幼稚園女子にセクシーだと言われておれはどうすればいいんだ?
「パパの話はいいよ」息子がはなはだ迷惑そうに言う。
「どうして? 大事な話じゃない! わたしのパパになるかも知れないんだから」

 えー? そうなのー?
 いけないまた婆さんをひいてしまう。
「ないよ。そんなの。パパはメグミちゃんのママが一緒に来るのかと思っておめかししてきたけど、メグミちゃんのママは全然そんな感じじゃなかったじゃない」
 そうだよなあ。あれっていつも幼稚園に送り迎えしているときに見る仕事のスーツだったよな。っていうか息子よ、お前はそんなことを観察していたのか。

 突然会話が途切れたことに気づく。どうしたんだ? ミラーをのぞくとメグミちゃんが歯を食いしばりながら涙をこらえていた。何だ? 何がどうしたんだ?
「わたしだって、パパが欲しい」

 うわっ。いきなりそう来るのかよ。くっそー。涙出て来ちゃったじゃないか。どうしたらいいんだ? 何なんだよ。何なんだよお前ら。おれにどうしろっていうんだ?
「大丈夫だって」息子が言う。「そのうちきっといいことがあるよ」
 出る幕なし。お父さんは裏方に徹します、はい。ああそれから。さっきの話の答、わかったよ。お前らだよ、色気とセクシーは。

(「色気とセクシー」ordered by オネエ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題28】無意識の中の意識2007/12/25 00:01:32

「無意識の中の意識」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
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(「無意識の中の意識」ordered by helloboy-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



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◇ 観念論的水族館

 無意識という言葉が嫌いでね、それがすべての始まりでした。

 無意識という言葉を使う方は、意識を上等なものだと思っておられて、無意識をその下にある訳のわからないぐちゃぐちゃしたものだと考える傾向にあります。冗談じゃありません。言ってみれば意識なんてポケット版事典みたいなもんです。本体の事典は図書館まるごとを埋め尽くしてなおあふれ返り続けている。そんな感じ。本体の事典のことを「無ポケット版の事典」なんて言いますか、普通?

 ああ。違うなあ。これは違います。事典じゃ整然とし過ぎている。そうじゃない。

 無意識は、結局のところ、海です。海なのであります。無意識と呼ばれているものこそ豊穣な海であり、意識なんてその一部をすくいとった水族館に過ぎない。なるほど水族館は色々工夫が凝らされていて一日いても見飽きないけれども把握できないほどのものではありません。海は、何年何十年かけたってその全てを把握することは不可能です。生物の種類の多少のことだけを話しているのではありません。もっと圧倒的な差があるのです。早い話、水族館には海底火山はないし、海流もないし、海溝もない。それくらい違う。それくらい無意識と呼ばれるものは豊かで多面的で可能性に満ち満ちていて、対する意識は貧弱でぺらぺらでつじつま合わせに汲々としている。「無・意識」だなんて名前の付け方は、海のことを「無・水族館」と呼ぶようなものです。ああ。これの方が近い。

 海そのものはあまりにも巨大で要素が多くて扱いきれないから、扱いやすいところだけちょこちょこっとまとめて簡易版にしたものが水族館です。無意識と呼ばれるものがあまりにも巨大で要素が多くて扱いきれないから、扱いやすいところだけちょこちょこっとまとめて簡易版にしたものが意識です。だったら無意識という名前を変えてみたらどうでしょう。かろうじて手に負えるサイズの「簡易版の海」が水族館なら、かろうじて手に負えるサイズの「簡易版の無意識」が意識というわけです。

 でも、もうこの水族館が大きくなりすぎて扱いきれなくなっているからみんな海のことを持て余しているんですよね。水族館の中ですら行き迷っているのに海のことなんか考えていられるかってわけです。ということで、当水族館ではついに画期的な手法を発明しまして、この巨大化してしまった水族館をそのまま海の中に戻すことにしたのであります。

 入り口はこのようにちゃんとありまして、入館料もいただきます。最初のうちは浜辺の生物、岩場の生物、太平洋の生物、熱帯の海の生き物という具合に進んでいきますが深海の生物に行くあたりでそこはもう本物の海になっています。気がつくと建物もなくなっています。我々としては可能な限りガイドをつとめますがなにしろ相手が海ですからどこまでお客様の対応ができるかわかりません。

 というわけで入館料と一緒に保険料をちょこっといただきますので、こちらにご署名と入金をお願いいたします。本日は水族館「無意識の中の意識」オープン記念価格として特別定価でお届けしております。本物の海の醍醐味をどうぞ存分にお楽しみください。

(「無意識の中の意識」ordered by helloboy-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題29】恋2007/12/25 00:03:34

「恋」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
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(「恋」ordered by aisha-san/text by あなたのペンネーム)
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◇ 手紙

 その手紙を見つけたのは、そこに住み始めてから半年ほども過ぎてからのことだった。前に住んでいたところがオーナーの事情で急に住めなくなって、あわてて見つけた家だったので、最初は色々と不満も多かったが、住めば都とはよく言ったもので住み始めると不思議となじんで、ひと月もたたないうちにもう何年も住んでいるような気持ちになる、少なくともぼくにとってはそんな家だった。

 古い一軒家で家賃は驚くほど安く、しかもいろいろな家具は据え付けで、二階の寝室など日本とは思えないような大きなウォークインクローゼットがついていた。そう。以前は外国人専用に貸し出していた建物だったらしい。築年数は半世紀に少し届かないというところで、当然のことながらあちこちにガタが来ていて立て付けも悪くなっているし、気候が涼しくなってくるとすきま風の多さを痛感させられることになる。家のオーナーは必要があれば修理費も出すし、自由にいじって構わないと言ってくれたので最初はもちろんそのつもりだったのだが、手つかずのままだ。住み始めるとそのままでいいかなと思わせられる、そんな完成された世界がここにはあるのだ。すきま風だらけで「完成」もないものだが、やはり迂闊に手を出せない確固とした世界観のようなものがこの家にはあり、これを受け入れた人はそのまま住むし、受け入れられなかったひとは出ていく。そんなシステムができあがっているようだった。

 実際、最初のうち部屋をシェアしていた同居人は住み始めて間もなく「悪いけれどおれは出ていく」と言って半月もたたないうちに出ていってしまった。ほとんど何の説明もなしに出し抜けにそう宣言したので、ぼくは自分に問題があったのかと思ったが、かろうじて聞き出せたのは「この家はおれには合わない」ということだけだった。霊感があって何か見えるのかと聞いたが笑ってそういうことではないと言う。修理費は出してもらえるみたいだから自分の居住スペースだけでもいじってみればどうかと提案したが、しばらく考えてから、無理だ、と言った。無理なことはお前にもわかるはずだ、と。

 一人で暮らすようになってからさすがに広すぎるし家賃の負担もバカにならないので、ルームシェアの相手は常時募集しているつもりなのだが、なかなか決まらなかった。友人たちに言わせると本気で探しているように見えないらしい。むしろ一人でいたいようにすら見えるとまで言われた。そんなつもりはないのだが、気がつくと確かにその家で過ごす一人の時間をぼくは結構気に入っていた。

 そんなある日、日差しがまぶしい秋の朝、急に思い立って部屋の大掃除を始め、お昼近くになって手紙を見つけた。

 ライティングテーブルの引き出しをひとつひとつ取りだして拭いていたら、その奥にひっそりと、それはあった。取りだして読むと英語で書かれた手紙で、辞書を引っぱり出して何とか読みとった限りでは、誰かに宛てて書かれたものの出されずに終わった手紙だった。確証はないけれど、恐らくそれは女性の手になるもので、恐らく思いを寄せる異性に向けて書かれたもので、恐らくそれは片思いで、恐らくこの家に住んでいた人だ。なぜなら手紙には「今日、2階の窓枠を明るいブルーに塗り直しました」と書いてあり、それはついさっきぼくが丹念に汚れを拭きながら「これは元々淡いブルーに塗られていたに違いない」と思った窓枠と一致するからだ。手紙の主はその他にも家のあちこちを描写していて、それらは歳月の分、古びてはいるものの驚くほど手紙のまま保存されてきたことがわかって、ぼくは少し興奮した。その女性の控え目で知的で思いやりに満ちた人柄が手紙からも建物からも伝わってくるようだった。

 夜になってその手紙をまた読み返しながらぼくは考えた。ジャック・フィニィの小説の登場人物なら、この手紙に返事を書いて、引き出しの同じ場所にしまうだろう。するとその手紙は彼女のところに届き、彼女からの返事がまた現れる……。ほとんどぼくはそうしようかと思ったが、それはやめにして、代わりにレコードを買い集めることにした。手紙が書かれた40年近く前のレコードを買い集め、この家で鳴らし、その響きを聞くことにした。その頃に読まれたであろう本を買い求めて読み(当然それはその時代以前に遡る)、古くからある銘柄の酒を手に入れて飲んでみた。ある時代を思い起こさせる写真や小物を買い込んで部屋に飾り、まめに掃除をするようになり、ルームシェアの募集をことさらに言わなくなった。

 いまもぼくは一枚のアルバムを聴きながらこれを書いている。以前なら聴こうと思わなかった種類のその音楽が、いまはとてもしっくりと耳に、身体になじむ。彼女はこの曲をこの部屋で聴いただろうか。レコードで、あるいはラジオで。そんな風にあれこれ考えながら、頭の片隅でこの気持ちは一体なんだろうとぼくは考える。生きていたらもういい年齢のおばあさんであろう彼女のことをこうしていろいろ考えるこの気持ちは。音楽の中でシンガーが歌う。ある朝目を覚ますとわたしは恋に落ちていた。そう。その通り。ある朝目をさますとぼくは恋に落ちていたんだ。

(「恋」ordered by aisha-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)