【お題88】ため息2008/04/12 09:35:47

「ため息」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「ため息」ordered by えりちゃん-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ 谷間の老人(なぞなぞ2)

 谷間にその人は住んでいて、行けばいつでも受け入れてくれる。ただしいつもその谷間にたどり着けるとは限らない。同じ場所にあるはずなのに、どうしても見つからないことがある。だから時として糸電話に頼ることになる。糸電話はその人とぼくを結ぶ生命線だ。これなくしてはぼくは何も書き進められない。ここのところどうしても谷間に近寄ることができず、だからぼくは糸電話をはじいた。

「何を持っている?」
 糸電話越しにもこちらが見えているようなことを言う。
「いただいた手紙です」
「知らんな」
「詩のようなものを書き記されています」
「そこにはなんと書いてある?」
「『いにしえより知られた名器』。どういうことでしょう」
「想像してごらん」
「想像を。
 怒りでもなく悲しみでもなく、
 とらえどころなくつのるやるせない想いを封じ込め、
 宝石に変えてしまうという言い伝えで、
 古くから知られた器」
「何でできている?」
「恐らくガラス製」

 糸電話の向こうでふうっと息をつくのが聞こえる。 
「悪くない。次には何と書いてある?」
「『潔く心固め、粋』」
「想像を」
「ともするとちりぢりばらばらになりそうな想いを
 一見何の変哲もないガラス器の内にとじ込め、
 深く哀しく光を放つ石に、あるいは意志に、
 固めてしまう潔さをよしとしようというところ?」
「それをもって粋と呼ぶのだな、その続きは」
「『まだ見もせぬ君のため生き』とは、
 会ったことはない運命の人のために生きる、
 ということでしょうか。
 想いを固めた意志の宝石を胸に、
 いつか会うと定められた人のために」

 悪くない、悪くないと呟く声が聞こえる。
「まだあるのか。ならば聞かせてくれ」
「『されば誓いのかた明記』」
「どういうことだ。想像してみろ」
「その誓いを、運命の人との出会いを胸に
 生きていくのだという誓いを書きつける。
 いわば運命に向けての誓約書をつくり、
 いよいよ覚悟を固めるわけです」
「それから」
「『我知らず重ねるため息』。
 ああ。でもどうしてもやるせない想いにため息がもれる。
 そのため息をこの器に集めるんですね。
 古代戦士の妻が涙を溜めたという涙壺のように。
 するとそこに宝石が生まれる。
 ついたため息の数だけきらきらと光る意志となる」

 ふたたび糸電話越しにふうっとため息をつくのが聞こえた気がする。
「なかなか悪くなかった。しかしそれはなぞなぞだよ」
「なんですって?」
「最後の1行が答だ」
「どういうことでしょう」
「もう一度、声に出して読んでみろ。
  いにしえより知られた名器 
  潔く心固め、粋
  まだ見もせぬ君のため生き
  されば誓いのかた明記
 どうだ。知らず知らず“ためいき”を重ねているだろう? それで
  我知らず重ねるため息
 と来るわけだ。どうだ楽しかったか」
「いったいどういうおつもりです」
「書きあぐねたのであろう。いまお前が想像したその話を書けばいい」

 というわけで、この作品は谷間の老人の導きで書かれた。しゃくなのでこのいきさつを全部まとめることにする。ふうっ。

(「ため息」ordered by えりちゃん-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題89】お誕生日2008/04/12 09:36:50

「お誕生日」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「お誕生日」ordered by hell“o”boy-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ お誕生日席

 お誕生日席という言葉がある。

 細長いテーブルで、基本は長辺に沿って座るようにできている場合に生まれる現象だ。短い辺は本当に狭くひとりしか座れず、会議室とかなら議長席とも呼べるが、そうでないごく普通の家庭やお店のテーブルなら、なんとなく仲間はずれな感じがする、そういう席のことだ。

 君は遅れて店にはいる。みんなはもう集まっていて乾杯もすませて飲み始めている。予定より多く集まったらしくテーブルは早くも満員状態だ。そこでおなじみのフレーズが飛び出す。「ほら。お誕生日席、とっといたから」。君は頬にあいまいな笑みを浮かべそこにすわる。まただ。まただけど、このことをみんなに話そうかどうしようか。

 迷っているうちにチャンスを逃して、その話をすることなく飲み会は続く。君はまた、この奇跡的な偶然を人と共有することなく、ひとり胸の内に秘めることになる。「まただ」とは言ったものの、君はそもそもお誕生日席に座ることは滅多にない。滅多にないと言うのは不正確だ。正確に言うと年に1回しかない。年に1度きり、ある。そう。君自身の誕生日に。

 覚えている限り、この現象は小学校6年生の時に始まって、以来ざっと20年間、毎年毎年正確に繰り返されている。決して他の日ではなく、正確に誕生日の当日に君はお誕生日席に座る。しかもそれは君の誕生日を知らない人の中での出来事だ。どうしてそんなことが起こるのか。誰かがきっと誕生日を知っているんだ。最初はそう思った。けれどもじきにそれは違うことがわかる。その日初めて出会った人と同席するときにも、結果的にお誕生日席に座ることになる。無意識のうちに自分でその席を選び取っているのではないかと思ったこともある。例えば遅れて参加したりすることで。でもそれも違うことがわかる。最初から参加しているときでさえも、座席を調節しているうちにお誕生日席にすわる羽目になる。これが誕生日以外なら決してそんな風にはならないのに、である。

「実は今日誕生日なんだよ」という一言を言っても良さそうなものなのに、なぜかタイミングを逸し、そうなると誰かに「今日、誕生日だったりして」などと言われはしないかと気になって仕方がない。言われたってかまわないはずなのだが、それをそこまで黙っていたことで変な気まずさが生まれそうに思ってしまうのだ。そうなるともう気が気でなくなる。

 だから君は誕生日の当日にお誕生日席に座っているときほどつらい時間はないと思っている。

 そんなわけで今日も君は困った顔をしてその席に座っている。いったいなんだってめでたいはずの誕生日に、つらい思いをして、よりによってお誕生日席なんかに座っていなくてはいけないんだ? そう思いながらトイレで用を足していると、小柄な老人が入ってきて横に並ぶ。

「どうじゃ、楽しんどるかね」
「ええ。まあ」合コンなのだ。お誕生日席のことを除けばまあ楽しくないこともない。
「どうして誕生日だと言わないんじゃ」
「は?」君は思わず老人を見つめる。「どうしてそれを」
「どうしてそれをっておめえ」急にべらんめえ調になって老人は答える。「おめえがそうしたいってえから、毎年そうしてやってるんじゃねえか」
「そうしたいって何を?」
「お誕生日席だよ。5年生の時に学校で誕生日に気づいてもらえなくて淋しい思いをして、うち帰ってもお母さんにも言えないで、ほら布団に入ってからべそかいて『来年からはちゃんと気づいてもらえますように』ってお祈りしたんじゃんかよう」

 そうだった。5年生の時に自分でそう祈ったんだ。しかも誕生日だと気づいてもらうために!

「なんだよ。20年間無駄づかいかよ。こっちだって、おめえ、いつまでもボランティアでやってらんないよ」
「あなたは誰なんです?」
「なあに、神様なんて名乗るほどの者でもないよ」
「神様なんですか?」
「あれ? わかっちゃった?」
「名乗ってるじゃないですか」
「ま、ま、ここはおれの前だからって、そんな、遠慮しなくていいから、楽しくやって」別に遠慮はしていないが、神様がそういうなら楽しくやろう。「さあ、とっとと行った行った」
「ありがとうございます」
「いいんだよ」
「じゃあ行ってきます」
「別に初詣に千円くれとか言わないからさ」
「初詣に千円入れに行きます」
「そうかい。すまないねえ」
「じゃあ」
「うん。がんばれ。うん。斜め前のヒトミちゃん、脈あるから」
「あ。そうなんですか。ありがとうございます」
「いいんだって。そんなしょっちゅうお詣りとか来なくてもいいから」
「月一回はお詣りに行きますよ」
「そうかい。すまないねえ」

 こうして君はお誕生日を楽しく過ごすコツを見つけることができる。月一回のお詣りと、初詣の千円。そんなの、投資としては微々たるものだ。

(「お誕生日」ordered by hell“o”boy-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)