【お題100】魔女2008/04/22 21:54:52

「魔女」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「魔女」ordered by オネエ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



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◇ 近所に魔女がやってきた

 ついこの間まで誰も住んでいなかったのに、新学期が始まるとその部屋には誰かが住み始めていた。道路に面した窓に派手な色のカーテンがかかっていて、「ちょっとかっとんだセンスしてるよな」というのがマコトの意見だった。住んでいるのは女の人だな、とぼくは思ったんだけど、そのことは口に出さなかった。たぶんあとの2人もそう考えていたと思うけど、やっぱり口には出さなかった。 「なに、エロいこと考えてんだよ!」といわれるのがオチだ。女の人が住んでいるだろうなと考えることがエロいとは思わないけれど、「女」とか「女子」とか口にするだけで、みんなにわいわい言われちゃうんだ、最近は。

 でもその家の住人を見かける機会はいっこうに訪れなかった。ぼくらが学校に行く時間にはいつも人気(ひとけ)がなく、ケンちゃんが塾の帰りに見たら夜もまっくらで静まり返っていて、やっぱり人気がないらしい。いつ家に帰って来るんだろう。人気がないだけで本当はいつも誰かがそこにいて、あの中でひっそり暮らしているのかも知れない。昼間はずっと眠っていて、夜になると起き出して目覚めて外に出てくるのかも……。理由はよくわからないけど、ぼくらはその部屋に住んでいるのはフツーじゃない人だと思うようになっていた。

 でもそのうちぼくらはその部屋の住人を自分の目で確認することになる。それぞれが別々の機会に。マコトは土曜日の朝早く見たという。ケンちゃんは学校帰りにケーキ屋の箱をぶら下げて歩く人に会ったという。ぼくが見たのは夜で、道路とは反対側の窓のカーテンを閉める女の人の姿だった。その人はしばらく外を見てからカーテンを閉めて、電気を消して出ていった。

「やっぱり女だったな」マコトが言った。「そうだと思ってたんだよ、おれ」
 そんなことは一言も言わなかったくせにマコトがそう言う。ケンちゃんはそれには答えず、
「なんか意外にフツーっていうか、フツーじゃなくないって言うか、そんな感じだったよな」
と言った。するとマコトが反論した。
「そうか? かなりフツーじゃない感じだったぞ。髪短くて歩き方も迫力あってさ」
「それ見間違いだよ。おれが見た時は髪、肩くらいまであったぞ。確かに足音をコツコツコツコツさせて迫力はあったけど」
「違うよ。もっとゆっくりした調子で歩くんだよ」
 ぼくが見たのは背中に届くほど長い髪で、歩き方はもっと静かなものだった。
「ヨータはどうなんだよ」
「うん」自信がなくて髪のことや歩き方のことは言えなかった。「女の人だった。年は若いのか年なのかよくわかんなかった」
「そうそう。年はわからねえよな。若くはない。うん。若くはないと思うんだよ、あの迫力じゃ」
 マコトがそう言うと、ケンちゃんも続ける。
「年齢不詳ってやつだな」
「なんだそれ」
「年がよくわからないって意味だよ」
「じゃあ、そう言えよ」

 実を言うとぼくは時間が許す限りその部屋を見張っていた。あとのふたりにはナイショでだ。見張っていたと言っても、中の様子はまるで見えない。一度だけちらっと見えたのは、うちの近所には絶対にありえないような妖しいシャンデリアだった。ロウソクとかを立てるようなやつだ。時々不思議な音楽が流れてきたりすることもある。そして見るたびに姿が変わる女の人。ぼくはおかあさんからもらったキャンパスノートの表紙に「魔女日記」と書いて、自分が見たことを記録に留めることにした。どうしてマコトやケンちゃんに黙って一人でそんなことを始めたのか理由はわからない。塾の帰りの10時近くの10分間くらい、ぼくは建物の裏側の暗がりでその部屋の様子をうかがうのが日課になった。

 そしてある晩、ノートを取りだしていると、だしぬけに後ろから声がした。
「何をしているのかな少年」
 低い女の人の声だった。ぼくはほとんどもらしそうになった。振り向くと何とそこには3人の魔女がいた。あっと言う間に取り囲まれ、ぼくは逃げることも隠れることもできなくなってしまった。
「『魔女日記』?」さっきの声が言った。しまった見られた! 髪の短い魔女が続ける。「話を聞かせてもらうよ」
「こんなところも何だから、中に案内しよう」肩くらいまで髪のある魔女が言った。
「男子禁制なんだけどね」髪の長い魔女が言った。

 こんな風にして、ぼくと3人の魔女の2年間は始まったんだ。

(「魔女」ordered by オネエ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)