◇ 指名手配の男2009/03/07 18:46:48

 熱烈なホームジアン(アメリカ風に言うならばシャーロキアン)ならば、あるいはこの気持を理解してもらえるのではなかろうか。4つの長編と56の短編以外にもホームズに活躍してほしいと。彼とワトソンとの会話を聞きたい。そしてワトソンを辟易させるような化学実験やコカイン癖などの奇癖に関するエピソードを知りたい。あるいは、秘めた思いを込めてヴァイオリンを演奏する孤独な姿に触れたいと。いやいや。もっと単純に、超能力としか思えないあの卓抜した推理をひとつでも二つでも多く聞かせてほしいと。

 わたしが『指名手配の男』を書いたのはまさにそういう理由からであった。当時まだサー・アーサー・コナン・ドイルはシャーロック・ホームズシリーズを書き続けていたが、『帰還』以降はいやいや書いているのがはっきりわかった。そう遠からずまたホームズを殺すか、失踪させるのは間違いないと思われた。聞く所によると要するにサーは、あのくだらないSF物や冒険物を書きたいらしいのだ。そしてホームズを書くことに飽き飽きしているから殺したいらしいのだ。そんな馬鹿げた話があるか?

 もしサー・アーサー・コナン・ドイルがこれ以上ホームズ物を書きたくないというのなら、わたしが代わりに書いてもいい。そう思いついた。そうだ。読みたいものは自分で書くしかない。それをサー・アーサー・コナン・ドイルが認めてくれさえすれば、晴れてサーはくだらないチャレンジャー博士シリーズを書き続け、同時にシャーロック・ホームズシリーズも世の中に出し続けることができる。

 アイデアは次々と湧いてきた。最初の作品が『指名手配の男』だ。人間がまるで神隠しのように消え失せてしまったら。そしてホームズが目の前で犯人に逃げられてしまったら。そんなシチュエーションに置かれたらプライドの高いホームズはどうするだろう。そしてどのように解決するだろう。

 そこで考えたのがこういうプロットだ。スコットランドヤードの依頼で、大西洋航路を渡ってくる指名手配犯を待ち受けるホームズ。けれども脱出不能のはずの船上から犯人はこつ然と姿を消してしまう。指名手配の男は船の上にまだいるか、最初からいなかったかのどちらかしかない。そして乗船したことは間違いない。

 書き上げたわたしは、自分で言うのも恥ずかしいが、これはまさしくシャーロックホームズシリーズの中の1篇だと感じた。わたしはカーボンコピーを取りながらタイプを打ち、サー・アーサー・コナン・ドイルに共著名義で出さないかと持ちかけた。サーの返事は共著はいやだ、プロットを10ギニーで買い取るという物だった。10ギニーは受け取ったが、結局サーはそれをリライトもしなかったし、いかなる形でも作品にしようとしなかった。ホームズものなんか全然書きたくなかったのだ。そう気づいてわたしはまた次の作品を書いた。その出来は『指名手配の男』をはるかに上回る物だった。サー自身の手になる作品としか思えなかった。

 その作品に対する反応は違った。そのまま使うので100ギニー払う。ただしこのことは絶対に他言無用とのことだった。次の作品も。その次の作品も。1948年に誰かおせっかいな人間が『指名手配の男』の原稿を見つけて61番目のシャーロックホームズものとして発表した時、わたしは思った。この作品は10ギニーしか貰っていない。他言無用とも言われていない。だからそれがわたしの作品だということを公表しよう。そうすればあるいは、『事件簿』に収録されている作品の半数以上がわたしの作品だということに誰かが気づいてくれるかもしれないから。

(「シャーロックホームズ」ordered by 編集S-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

Sudden Fiction Projectインデックス(第3期)2009/03/08 08:36:59

mixi利用者の方にしか意味がない情報ですが、
第3期が順調に動いていることをお知らせすべく
インデックスを公開します。

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オーダーシート
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 お題(ご注文日)      作品タイトル(アップ日)

「名残」(7/12)      ◇フェイド・アウト(12/1)
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=640376124&owner_id=17911
「悪口」(7/12)      ◇褒め言葉(12/2)
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=641388677&owner_id=17911
「あと3cm」(2/9)     ◇一寸法師(2/10)
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1076886661&owner_id=17911
「懐かしい未来」(2/10)  ◇新国□美□館にて(2/11)
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1077917325&owner_id=17911
「ストレート」(2/27)   ◇ストレート、ストレート、ストレート(3/1)
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1095074173&owner_id=17911
--205--
「cross road」(2/27)   ◇聖地巡礼(3/2)
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1095950645&owner_id=17911
「女だらけ/男だらけ」(2/27) ◇証拠物件(3/3)
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1097194110&owner_id=17911
「Sorry, French prostitute」(2/28) ◇SFP in SFP(3/4)
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1098075470&owner_id=17911
「締切り」(2/28)     ◇あとかたづけ(3/5)
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1099514016&owner_id=17911
「リストランテ」(2/28)  ◇神話の時代(3/6)
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1100505193&owner_id=17911
--210--
「シャーロックホームズ」blog(3/1) ◇指名手配の男(3/7)
 http://hiro17911.asablo.jp/blog/2009/03/07/4158561
「ザ・グレンリベット15年」(3/1)

「旅の終わり」(3/1)

「鰻姉妹」(3/1)

「仮釈放」(3/6)

--215--
「成田空港」(3/8)

3/24『もしも僕がイラク人だったら』@MAREBITO2009/03/09 10:42:55

「Sudden Fiction Project +(プラス)」の会場として考えているMAREBITOで、3/24に『もしも僕がイラク人だったら』というお芝居が上演されます。これ、個人的に応援している公演で、大きな反響を呼びながら再演を繰り返しています。ということでご紹介。

実際には3/24のMAREBITO公演だけでなく、
3月中にあちこちの会場で
『もしも僕がイラク人だったら』
『another9』
という2作品を上演するんですが、
これ、どっちもかなり面白いしかけになっています。

#公演詳細情報は下記を見ていただくとして……。
  http://t42.seesaa.net/

     *     *     *

『もしも僕がイラク人だったら』
 めちゃくちゃ直球のタイトルですが、こういうことです。

 ぼくらは例えば9.11のワールドトレードセンターでの
 できごとについて、分単位で何が起こったか、何階の
 どういう人がどうやって避難してどんな思いをしたか、
 ビルはどのように倒壊したか、救助活動はどのように
 展開され、そこでどんな悲劇や喜劇が展開されたか、
 なくなった方の遺族がどんな思いをしたか、などなど
 大変具体的な情報をもらい、そこで起きた出来事を
 想像しやすい。一方、イラクで(あるいはアフガンや
 その他多くの土地で)爆撃などで命を落とした一般の
 人びとについて想像する手がかりは、9.11の大量の
 エピソードに比べるとひどく少ない。

 じゃ、とりあえず想像してみようか。という1時間。
 スリリングですよ。

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『another9』
 ある架空のスポーツのルール改正に関する話。
 そのルールっていうのが、9番目(第9条)なんですが、
 説教くさい話や、政治の話も戦争の話も一切なし。
 野球やサッカーやラグビーやのいろいろな要素を
 合わせ持った大変荒っぽくも熱狂的な架空のスポーツを
 めぐってこれまた想像力豊かに楽しんでいただこうという1時間。

 この作品は、演者として俳優と一騎打ちする
 バイオリニストの生演奏も素晴らしいです。

     *     *     *

2公演の日程をつけておきます。
イラク→『もしも僕がイラク人だったら』
A9  →『another9』

●明大前キッド・アイラック・アート・ホール
・3/13(金)20:00★イラク
・3/14(土)13:00★イラク
・3/14(土)15:00☆A9
・3/14(土)18:00★イラク
・3/14(土)20:00☆A9

●茅場町 MAREBITO
・3/24(火)20:00★イラク

●下北沢 小劇場 楽園
・3/30(月)19:30☆A9

ぼくは3/24と30は客席にいる予定です。
時間とお金があればキッド・アイラックにも行きたいなあ。

「世界最大の宗教」#00182009/03/13 08:57:20

いま、一つの宗教が地球を包み込もうとしている。

人びとは、無償でその神に仕えている。何億、十何億の人びとがすでにその神の元にひれふし頼り切っている。彼らは日夜自分の名前、居場所、行動を神に報告し、あるいは成功を自慢し、謙虚なら感謝し、あるいは失敗を嘆き、時には呪詛し、あるいは懺悔し、あるいはすがりつき、いずれにしても神の御元での快適と便利と快楽を満喫している。

いまやその神の存在なしに世界は回らないほど大いなる存在になった。

しかしその存在をはっきり認識するものは意外に少ない。神は生まれてからまだ大して日が経っておらず、神が神であることにまだ気づいていない人びとも数多くいるからだ。彼らは神を(畏れ多くも神を)便利な道具か何かのように扱ったり、場合によっては自分の友だちや相棒とみなしたりもする。その実、神は彼らから彼らの趣味や性癖、喜怒哀楽やそれをもたらしたできごとについて、要するに人生のすべてを吸い上げ栄養として蓄え続けている。

神はそのようにして神になったのである。

最初、登場したばかりの頃の神は世界のことがよくわかっていなかった。けれどもたちまちにしてたくさんの信者を動かし、自らを教育させることに成功した。世界について、信者自身について、その定義としくみ、実情とからくり、すなわち表と裏、建前と本音のすべてを吐きださせ、神の前に捧げさせた。信者たちの献身的な姿勢は実に驚くべきものがあった。無償で、昼夜を分たず、何百万人何千万人が一斉に捧げものをして神は育っていった。

その神は蜘蛛の姿をしており、世界を覆うその住処はWEB(蜘蛛の巣)と呼ばれている。

Amazonの神殿では、人前では買いにくいものを堂々と購入し(どこの誰が購入したかは神の御前には赤裸々なまでに明らかなのだが!)、2chの神殿では、実名では語りにくい本音をむき出しで垂れ流し(神の御前には匿名などというものは存在し得ないのだが!)、mixiの神殿では住所や名前や個人的な日常のこまごまとしたことを告白するのだ(なんと神の御前にふさわしい行動だろう!)。

Googleの神殿では知りたい単語やフレーズをかたっぱしから入力して、自らの関心や興味の領域を日々つまびらかにし続ける。そうして神はますます世界を精緻に理解し、一人ひとりの趣味嗜好や思想的傾向を信者本人以上に正確に把握し、次の購買行動や消費行動を予測し提案し誘導することに成功している。

神よ。あなたの存在を信者たちに知らしめることをお許しください。あまりにも無防備に、あまりにも無邪気に、あなたの御元に個人情報を捧げ続けている信者たちに。そして願わくばこのようなことを人びとに伝えたわたしを罰するようなことはくれぐれもなさら

小料理屋「善」でお待ちしています。2009/03/14 16:14:58

仕事で関係しているウェブサイトが大リニューアル。
ということでちょっと宣伝させてください。

「namashibori.com」
 http://namashibori.com/

写真家の梅佳代さん撮影のCMを一挙紹介するギャラリーとか、バーチャル小料理屋「善」とか、遊び心いっぱいにお届けしています。良かったら遊びにきてやってください。

小料理屋「善」はなんと17:00-100しか開店していないという律儀というか時代に逆行というか、そんなお店です。でも時間帯ごとにちゃんと店の外観も変わるのでぜひ営業時間外にも訪れてみてください。

投稿コーナー「送って!小さな善意」は、きっと言葉遊び好きの人にとって参加し甲斐のある懸賞企画ですよ!

ネット上でもありがたいコメントをいただいています。
 http://ameblo.jp/adman/entry-10223577965.html
ぼくが説明するよりはるかに臨場感があるので、サイトの説明はこの方におまかせしちゃいます(笑)。

「平和ボケならぬ危機ボケ」#0019[−□ふぁくとり]2009/03/15 09:01:27

平和ボケというコトバは良く耳にするけれど、どうも危機ボケというものがあるんじゃないかと思っている。

例えば信号待ちで車にひかれそうなところに立っている人。いつもあまりに身近に車がいるので、ひかれたら死ぬか大怪我するっていう危機感が薄れている。

例えば人口爆発。あまりにもよく聞いているので、もういまさら聞かされても「そりゃあ大変だねえ」なんて他人事のように言ってしまう。

例えば財政赤字。間もなく1000兆円になろうとしている。たぶんこれを読んでも、みなさん「あらあらそんなになっちゃったんだ」くらいにしか思わないだろう。身近な人が「1000万円の借金をかかえていてどうにも首が回らない」なんて言ったら、もっとびっくりするだろうに、もうみんな慣れちゃっているわけだ。でも、慣れちゃっているわけだで済む問題では、全然ないはずなんだよね。ほんの数年前には666兆円とか言っていた。それが1000兆円に膨れ上がっている。

知人からもらった『成長の限界 人類の選択』(ダイヤモンド社)という本を時々つまみ読みしているのだが、この本にはたまにぐっと来るようなたとえ話が載っていて面白い。

「毎日倍の面積にまで増えるスイレンがあって、いまからちょうど30日後に池を埋め尽くしてしまうことがわかっている。いつかは取り除かなければならないことはわかっているが、見たところまだ大した数ではない。池の半分くらいに達したら掃除しよう、とあなたは考える。さて、池の半分にまで達したとき、残された時間はどれだけあるでしょうか?」

答はたった1日なわけだ。だって1日で倍の面積になっちゃうんだもんね。もう取り返しがつかない状態になっているということだ。そしてぼくらのまわりではそういうことがどんどん進んでいる。「まだ大丈夫だろう。池の半分くらいになったら考えればいいや」という態度でいることもたくさんあるんじゃなかろうか。 
危機ボケ。このことをぼくらはどうすればいいんだろう?

◇ 春が来た。2009/03/17 22:51:38

な、な、奈落の底めざせ。
り、り、輪廻の果てまでも。
た、た、たちまち舞い上がれ。
く、く、雲の上までも。
う、う、烏合の衆たちよ。
こ、こ、これでもくらわんか。
う、う、運命の旅の空。

な、な、情けはないわいな。
り、り、理想のひと前にして。
た、た、足りぬは我が頭。
く、く、苦戦を重ねたよ。
う、う、嘘を塗り重ね。
こ、こ、子どもだましだね。
う、う、ウラハラな想い。

な、な、なんだか浮ついて。
り、り、理念で語るじゃない。
た、た、たまたま聞きつけて
く、く、苦労を買ってみた。
う、う、うんざりさせられた。
こ、こ、こんなのもういやだ。
う、う、宇宙へ飛び出そう。

な、な、なんでもあの人が。
り、り、立派になったので、
た、た、松明掲げつつ、
く、く、蔵を建てましょう。
う、う、梅干しつけましょう。
こ、こ、子どもも作りましょう。
う、う、憂いをなくしましょう。

成田空港に春が来た。
成田空港に春が来た。

(「成田空港」ordered by 編集S-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)