【お題73】宝箱と金曜日 ― 2008/02/08 07:56:53
「宝箱と金曜日」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「宝箱と金曜日」ordered by 巻巻-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ 持ってくるもの
月曜日の6時間目の終わりに先生が言ったことで、ヒロの1週間はメチャメチャになってしまった。
最初からすべてが謎めいていた。家から持ってきた容器を使うというのはわかった。でも宝箱って何だろう? みんなは納得できたんだろうか。どうしていまから工作の日までにそんなものを集められるのかもわからないし、まして学校に「金曜日を持っていく」というのはどういうことなのだろう? 先生の言っていることがよくわからない。みんなは平気な顔をして聞いている。どうすればいい? ヒロは不安だったけれど誰にも聞けずにいた。
先生は宝箱を集めろといった。ということは、みんなは宝箱を集めているのか? ぼくが知らないだけで、みんなはふだんから当たり前のように宝箱を集めているんだろうか? だいたい宝箱っていったい何だろう? ぼくが思いつく宝箱は海賊やドラゴンなんかが出てくる絵本にかいてあるような、木でできた大きな箱だ。ふたがちょっと丸っこかったりして、頑丈な鍵がかかったりして、角のところは黒い鉄で止めてあったりして。
火曜日、ヒロは1日中そんなことばかり考えていた。でもそんなもの、もちろん、うちにはない。
もうひとつ思いつくのは、せみのぬけがらとか特大のビー玉とか超特大のおはじきとか大事なメンコとか大事なモノをいろいろしまってあるヒミツの箱だ。けど、そんなものを学校に持って行くんだろうか? ヒロはそれをカバンに入れるかどうか迷う。ヒミツの箱を学校の交錯の時間なんかに持っていきたくない。だってそんなことしたらヒミツの箱じゃなくなっちゃうじゃないか! 少年はちょっとずる賢く考えて、ヒミツの小箱に見えるクッキーの缶をお母さんからもらって、それを持っていくことにした。中にはふだんから遊んでいるようなビー玉とメンコを入れた。
でも、本当にわからないのは金曜日だ。金曜日を持っていくというのはどういうことだろう? 宝箱と金曜日を持っていくなんて、ぼくの学校は魔法学校にでもなってしまったんだろうか?
ヒロは考えすぎてだんだん頭がぐらぐらしてきた。
金曜日の学校の準備をして来いってことかな、なんて思ったけど、その日は金曜日なんだからあたりまえの話だ。じゃあカレンダーから金曜日のところを切り抜いて持っていくのかな。それとも金曜日っぽいモノをいろいろ集めて持っていくのかな。金曜日っぽいものって何だろう? 金曜日の新聞。金曜日のテレビ番組。それくらいしか思いつかない。それとも金色のものかな。ボタンとか色紙とか色鉛筆とか。
木曜日の終わりの時間にまた先生が「明日は宝箱と金曜日に容器をくっつけて工作するから忘れず持ってくるように」と言った。まただれも質問しなかった。どうしてだろう? どうしてぼくだけわからないんだろう? ぼく以外のみんなはわかっているのに、ぼくだけわかっていない。まるでどこか知らない他の世界にまぎれこんでしまったみたいだ。どうなっているんだろう? 金曜日の朝、少年はとうとう本当に熱を出してしまい、学校を休むはめになる。だから、その工作の時間何が行われたのかわからずじまいになってしまう。
それ以来ずっと、みんなはどんな宝箱や金曜日を持っていったのか、自分の理解できない不思議な授業は何だったのか、ヒロは心の奥深くで気にし続けることになった。
* * *
四半世紀ぶりに小学校の同窓会が開かれ、四十歳近くなったヒロは思い切って恩師にその時のことを尋ねてみる。もしかすると自分が熱を出して見た夢なのかも知れないけれど、と前置きして、宝箱と金曜日に悩み続けたその1週間の話をする。横で話を聞いていたクラスメートたちは皆ぽかんとして「何のことだ?」とさっぱり要領をえない。やはり夢だったのかと思ったところで恩師が呟く。
「なんて言ったんだっけ? 『ぜんじつまでにあつめたからばこときんようびにいえからもってきたようきをつかって……』」
「ほら!」
「何が」
「前日までに集めた宝箱と金曜日に、って」
「えっ?」そして恩師が笑う。「宝箱じゃない。から箱だよ、前日の木曜日までに集めた“から箱”と、金曜日に家から持ってきた容器だよ」
どっと笑いが起き、ヒロは頭をかく。長年の謎が氷解してほっとする気もするが、どことなく釈然としない心地も残る。それからしばらくすると再び、疑念が頭をもたげる。本当はどうだったんだろう? ぼくのいない工作の時間、みんなは宝箱と金曜日を持ち寄っていたんじゃなかろうか。そしていまとなっては、そうであった方が自分にはしっくりくることにヒロは驚いたり納得したりする。
(「宝箱と金曜日」ordered by 巻巻-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「宝箱と金曜日」ordered by 巻巻-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ 持ってくるもの
月曜日の6時間目の終わりに先生が言ったことで、ヒロの1週間はメチャメチャになってしまった。
最初からすべてが謎めいていた。家から持ってきた容器を使うというのはわかった。でも宝箱って何だろう? みんなは納得できたんだろうか。どうしていまから工作の日までにそんなものを集められるのかもわからないし、まして学校に「金曜日を持っていく」というのはどういうことなのだろう? 先生の言っていることがよくわからない。みんなは平気な顔をして聞いている。どうすればいい? ヒロは不安だったけれど誰にも聞けずにいた。
先生は宝箱を集めろといった。ということは、みんなは宝箱を集めているのか? ぼくが知らないだけで、みんなはふだんから当たり前のように宝箱を集めているんだろうか? だいたい宝箱っていったい何だろう? ぼくが思いつく宝箱は海賊やドラゴンなんかが出てくる絵本にかいてあるような、木でできた大きな箱だ。ふたがちょっと丸っこかったりして、頑丈な鍵がかかったりして、角のところは黒い鉄で止めてあったりして。
火曜日、ヒロは1日中そんなことばかり考えていた。でもそんなもの、もちろん、うちにはない。
もうひとつ思いつくのは、せみのぬけがらとか特大のビー玉とか超特大のおはじきとか大事なメンコとか大事なモノをいろいろしまってあるヒミツの箱だ。けど、そんなものを学校に持って行くんだろうか? ヒロはそれをカバンに入れるかどうか迷う。ヒミツの箱を学校の交錯の時間なんかに持っていきたくない。だってそんなことしたらヒミツの箱じゃなくなっちゃうじゃないか! 少年はちょっとずる賢く考えて、ヒミツの小箱に見えるクッキーの缶をお母さんからもらって、それを持っていくことにした。中にはふだんから遊んでいるようなビー玉とメンコを入れた。
でも、本当にわからないのは金曜日だ。金曜日を持っていくというのはどういうことだろう? 宝箱と金曜日を持っていくなんて、ぼくの学校は魔法学校にでもなってしまったんだろうか?
ヒロは考えすぎてだんだん頭がぐらぐらしてきた。
金曜日の学校の準備をして来いってことかな、なんて思ったけど、その日は金曜日なんだからあたりまえの話だ。じゃあカレンダーから金曜日のところを切り抜いて持っていくのかな。それとも金曜日っぽいモノをいろいろ集めて持っていくのかな。金曜日っぽいものって何だろう? 金曜日の新聞。金曜日のテレビ番組。それくらいしか思いつかない。それとも金色のものかな。ボタンとか色紙とか色鉛筆とか。
木曜日の終わりの時間にまた先生が「明日は宝箱と金曜日に容器をくっつけて工作するから忘れず持ってくるように」と言った。まただれも質問しなかった。どうしてだろう? どうしてぼくだけわからないんだろう? ぼく以外のみんなはわかっているのに、ぼくだけわかっていない。まるでどこか知らない他の世界にまぎれこんでしまったみたいだ。どうなっているんだろう? 金曜日の朝、少年はとうとう本当に熱を出してしまい、学校を休むはめになる。だから、その工作の時間何が行われたのかわからずじまいになってしまう。
それ以来ずっと、みんなはどんな宝箱や金曜日を持っていったのか、自分の理解できない不思議な授業は何だったのか、ヒロは心の奥深くで気にし続けることになった。
* * *
四半世紀ぶりに小学校の同窓会が開かれ、四十歳近くなったヒロは思い切って恩師にその時のことを尋ねてみる。もしかすると自分が熱を出して見た夢なのかも知れないけれど、と前置きして、宝箱と金曜日に悩み続けたその1週間の話をする。横で話を聞いていたクラスメートたちは皆ぽかんとして「何のことだ?」とさっぱり要領をえない。やはり夢だったのかと思ったところで恩師が呟く。
「なんて言ったんだっけ? 『ぜんじつまでにあつめたからばこときんようびにいえからもってきたようきをつかって……』」
「ほら!」
「何が」
「前日までに集めた宝箱と金曜日に、って」
「えっ?」そして恩師が笑う。「宝箱じゃない。から箱だよ、前日の木曜日までに集めた“から箱”と、金曜日に家から持ってきた容器だよ」
どっと笑いが起き、ヒロは頭をかく。長年の謎が氷解してほっとする気もするが、どことなく釈然としない心地も残る。それからしばらくすると再び、疑念が頭をもたげる。本当はどうだったんだろう? ぼくのいない工作の時間、みんなは宝箱と金曜日を持ち寄っていたんじゃなかろうか。そしていまとなっては、そうであった方が自分にはしっくりくることにヒロは驚いたり納得したりする。
(「宝箱と金曜日」ordered by 巻巻-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
【お題74】ももくる春 ― 2008/02/08 08:01:08
「ももくる春」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「ももくる春」ordered by 巻巻-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ ●●●(伏せ字)
いい本を手に入れたと興奮した調子で記された手紙が届いた。雪でも降りそうな、雲の低い底冷えのする日だった。足を踏みかえながら玄関で呼ばわっていると、奥の方から喜色満面でキミタケが出てきた。家の中だというのにコートを着ている。この屋敷はやたらめっぽう広くて、暖房がまったく利かないのだ。
「おお来たかタツヒコ。お前はこういうの、見逃さないもんな」
「馬鹿め。あんなに興奮で字の踊った手紙が届いたからお前の身が心配で見に来たんだ」
「冗談抜かせ」
キミタケの書斎に案内されると、火鉢が出ていてその傍らに古い版画本がある。
「あれか」
「まあ座れ」
「何だ、いい本って」
「春画だ」
「そんなにいいのか」
「まだ何も言っていない」
「あの手紙を読んだらわかるさ。早く見せろ」
「まあ、そう急ぐな」
キミタケの説明によると、ものは江戸時代中期、四国の素封家の趣味でつくられた一冊らしい。絵師が誰かは明記されていないが、恐らくこのあたりという見当はつくらしい。名前を聞いたがおれは聞いたことがなかった。素封家の屋敷が取り壊されることになって蔵を整理していたら出てきたのだそうだ。神戸のイナガキの旦那が手に入れてすぐにキミタケに連絡してきたらしい。イナガキの旦那がそんな風に動くとなるとこれは相当なものなのだろう。概略を説明するとようやく手渡してくれた。
「『るはるくもも』? 何だ、るはるくももって」
「逆だ。右から左に書いてあるんだ」
「失敬。ははあ『ももくるはる』か」おれは2、3回うなずいたが、やはりわからない。「何だ?ももくるはるって」
「ももくるっていうのは中国四国地方あたりの方言らしい。聞いたことは?」
「いや。ない」
「おれも知らなかった。手で探る、とか、いじる、とか、もてあそぶ、とか、まあそんな意味らしい」
「ははあ」
「はるは、季節の春。つまり春画だということだな。まあ開いてみろ」
なるほど粋人たちが夢中になるのも無理はない、それは大層な傑作だった。横長の版型で左右がだいたい一尺くらい、天地は八寸というところか。男女のむつみ合っている様を、大胆に省略した線と、非常に細かい観察で描き出している。武家娘の着物のすそを割って太股に手を滑らせる町人風の男。大年増の後ろから襟元に手を差し入れる年老いた坊主。手の動きや、力の入れ具合まで見て取れる。一枚、また一枚とめくるが、どれも紙面から押し殺した声やあえぎが漏れ出てきそうな臨場感がある。
「わかるか」
キミタケが笑いを含んだ声で問いかけてくる。何かあるのだ。普通の春本とは違う何かが。
「待て待て。言うなよ」おれはさらに一枚、また一枚とめくる。「着衣がほとんどだ。男の性器がほとんど出てこない。それに、これは、ああ、そうか。前戯しかないんだな」
「その通り。どうだ珍しいだろう」
「うむう」
その本の中の男女はひたすら相手の身体をまさぐり、さすり、もみしだくばかりなのだ。それも一枚、一枚、身体のあらゆるところを丹念に責め、添えられた文字はその絵で“ももくる”対象を端的に記す。「ちくひ」、「ほと」といった露骨なものはむしろ少なく、「えりあし」があり、「みみたふ」があり、「さこつ」があり、「あはら」があり、「くるふし」があり、「こしほね」があり、それらを慈しむようにつまみ、ころがし、つつみこむ。そして決して性器を合わせることがない。
「驚いたな。これを江戸時代の中期に」
「依頼主の趣味なんだろうが、この絵の巧みさを見ると」
「絵師も相当に好きだったんだろうな」
そう言いながら最後の一枚にたどりつく。他の絵で文字が添えられていたあたりに、墨塗りで「●●●」と伏せ字になっているのがいきなり目に飛び込む。しかしよく見るとこれは最初からそのように刷られたもので、後に塗りつぶされたわけではない。
なるほど、歓喜に身を震わせている絵の中の男女が互いに手を伸ばし触れているのは、普通なら思いつきもしない意想外な部分だ。そこに描かれた独創的な仕業に言葉を失っているとキミタケがささやく。
「どうだ斬新だろう。試してみたくなるだろう?」
「ああ」不覚にも返事の声もかすれてしまう。「いますぐにでもな」
外は寒いのに額が汗ばむのがわかる。
(「ももくる春」ordered by 巻巻-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「ももくる春」ordered by 巻巻-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ ●●●(伏せ字)
いい本を手に入れたと興奮した調子で記された手紙が届いた。雪でも降りそうな、雲の低い底冷えのする日だった。足を踏みかえながら玄関で呼ばわっていると、奥の方から喜色満面でキミタケが出てきた。家の中だというのにコートを着ている。この屋敷はやたらめっぽう広くて、暖房がまったく利かないのだ。
「おお来たかタツヒコ。お前はこういうの、見逃さないもんな」
「馬鹿め。あんなに興奮で字の踊った手紙が届いたからお前の身が心配で見に来たんだ」
「冗談抜かせ」
キミタケの書斎に案内されると、火鉢が出ていてその傍らに古い版画本がある。
「あれか」
「まあ座れ」
「何だ、いい本って」
「春画だ」
「そんなにいいのか」
「まだ何も言っていない」
「あの手紙を読んだらわかるさ。早く見せろ」
「まあ、そう急ぐな」
キミタケの説明によると、ものは江戸時代中期、四国の素封家の趣味でつくられた一冊らしい。絵師が誰かは明記されていないが、恐らくこのあたりという見当はつくらしい。名前を聞いたがおれは聞いたことがなかった。素封家の屋敷が取り壊されることになって蔵を整理していたら出てきたのだそうだ。神戸のイナガキの旦那が手に入れてすぐにキミタケに連絡してきたらしい。イナガキの旦那がそんな風に動くとなるとこれは相当なものなのだろう。概略を説明するとようやく手渡してくれた。
「『るはるくもも』? 何だ、るはるくももって」
「逆だ。右から左に書いてあるんだ」
「失敬。ははあ『ももくるはる』か」おれは2、3回うなずいたが、やはりわからない。「何だ?ももくるはるって」
「ももくるっていうのは中国四国地方あたりの方言らしい。聞いたことは?」
「いや。ない」
「おれも知らなかった。手で探る、とか、いじる、とか、もてあそぶ、とか、まあそんな意味らしい」
「ははあ」
「はるは、季節の春。つまり春画だということだな。まあ開いてみろ」
なるほど粋人たちが夢中になるのも無理はない、それは大層な傑作だった。横長の版型で左右がだいたい一尺くらい、天地は八寸というところか。男女のむつみ合っている様を、大胆に省略した線と、非常に細かい観察で描き出している。武家娘の着物のすそを割って太股に手を滑らせる町人風の男。大年増の後ろから襟元に手を差し入れる年老いた坊主。手の動きや、力の入れ具合まで見て取れる。一枚、また一枚とめくるが、どれも紙面から押し殺した声やあえぎが漏れ出てきそうな臨場感がある。
「わかるか」
キミタケが笑いを含んだ声で問いかけてくる。何かあるのだ。普通の春本とは違う何かが。
「待て待て。言うなよ」おれはさらに一枚、また一枚とめくる。「着衣がほとんどだ。男の性器がほとんど出てこない。それに、これは、ああ、そうか。前戯しかないんだな」
「その通り。どうだ珍しいだろう」
「うむう」
その本の中の男女はひたすら相手の身体をまさぐり、さすり、もみしだくばかりなのだ。それも一枚、一枚、身体のあらゆるところを丹念に責め、添えられた文字はその絵で“ももくる”対象を端的に記す。「ちくひ」、「ほと」といった露骨なものはむしろ少なく、「えりあし」があり、「みみたふ」があり、「さこつ」があり、「あはら」があり、「くるふし」があり、「こしほね」があり、それらを慈しむようにつまみ、ころがし、つつみこむ。そして決して性器を合わせることがない。
「驚いたな。これを江戸時代の中期に」
「依頼主の趣味なんだろうが、この絵の巧みさを見ると」
「絵師も相当に好きだったんだろうな」
そう言いながら最後の一枚にたどりつく。他の絵で文字が添えられていたあたりに、墨塗りで「●●●」と伏せ字になっているのがいきなり目に飛び込む。しかしよく見るとこれは最初からそのように刷られたもので、後に塗りつぶされたわけではない。
なるほど、歓喜に身を震わせている絵の中の男女が互いに手を伸ばし触れているのは、普通なら思いつきもしない意想外な部分だ。そこに描かれた独創的な仕業に言葉を失っているとキミタケがささやく。
「どうだ斬新だろう。試してみたくなるだろう?」
「ああ」不覚にも返事の声もかすれてしまう。「いますぐにでもな」
外は寒いのに額が汗ばむのがわかる。
(「ももくる春」ordered by 巻巻-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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