【お題83】リセット ― 2008/02/18 07:48:36
「リセット」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「リセット」ordered by ピコピコ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ 非現実的生活者
まだ何とかなる、まだ何とかなると自分に言い聞かせながら、泥沼に踏み込み続け、まだ何とかなると思うから、何とかなりさえすれば大丈夫だからと借金を重ね、友人の好意にすがり、そのうち明らかな不正行為にも手を染め始め、気がついたら言い逃れようのない背信行為に踏み込んでしまっていた。そしてもうどうにもならないことがわかった時、会社も家族も友人も何もかも失っていた。ゼロからのスタートではない。いったん傷つけ失ってしまった信頼関係は取り返すことが難しい。もう誰も自分を信用してくれなくなっていることがとどめだった。
羽振りのいい時期に、「近年、自殺者の数が増えている」という話を聞いたときには「命を粗末にする文化だからだ」とあざ笑い、子どもには「ゲームでは何度死んでもいくらでも生き返らせることができるが、本当の世界では一度死んだらもう生き返らないんだぞ。現実の世界にリセットなんてないんだ」と言い聞かせた。でもいまはわかる。おれが生き続けているのはただ意気地がないからだ。死ぬなんて怖くてできない。生き延びているのは、ただ死にたくないからだ。サラ金の男たちに殺されかけたときに味わった恐怖はそれほどにも大きなものだった。
いまは気候もいいし、このあたりは畑の脇に無人の野菜の即売所があるので、飢えて死ぬことはない。清潔にさえしていれば図書館にも出入りして山菜やきのこなど食べられるものを研究することもできる。当初コンビニエンスストアの賞味期限切れの弁当をあてにしていたのだが、これはなかなか手に入れるチャンスがないことがわかった。実際に1つ手に入れて食べたとき、こんなに味の濃いものだったかと仰天した。それほど味のないものばかり食べ続けていたからだ。いまなら豆腐や水を食べ比べたり飲み比べたりして、味の違いを当ててみせられる自信がある。
なかなか手に入らないので煙草を吸えなくなったのは非常につらかった。煙草が体に悪いのではなく、煙草をやめることの方が体に悪いんじゃないかとさえ思った。一ヶ月を過ぎるあたりから急に気にならなくなり始め、逆に体調も良くなってきた。生き延びることについて考えるのが少しずつ面白くなってきた。都市でホームレスをやるのはそんなに難しくなさそうだったが、おれは人と顔を合わせたくなかったので里に近い山の中に拠点を求めた。でも里から泥棒を続けていてはいずれ狩り出されつかまってしまうだろうから、嘘でもいいから共存する道を探した。
金はないので、野菜の即売所には都会で集めたポケットティッシュや無料配布のボールペンなどを置いた。もちろんそんなもので納得して貰えるとも思えないが、何か置いていきたいという姿勢だけは示したかったのだ。何度も通ううちに即売所の看板と野菜のディスプレイを変えた方がいいことに気づき、手直しした。都市部から来たドライバーが足を止めやすく買いやすくしてみたのだ。ここでの売上がよくなり持ち込む農家が増えればそれだけおれにもいいものが回ってくる。
山の中をさまようとハイキング客が残したゴミをいろいろ見つけることになる。缶類はある程度まとめて役所などで試験的に設置した回収ポストにいれると小銭になることがわかった。それからふと思いついて、野菜の即売所のノリで、ゴミ回収所の看板をつくり、心ある人は100円入れてくださいと書いて、募金箱をつくった。週末ごとに数百円程度だが回収できるようになった。もちろん勝手にやっていることなのでいずれは取り壊されるだろうが、少しでも長い時間お目こぼしして貰うため、子どもたちがやっているような稚拙さを演出してみた。また、集まったゴミはキチンと分別してゴミ回収車のルートに置くようにした。
夏と秋は何とかなるだろう。その先のことは考えられない。とにかく死なないこと。殺されないこと。生き延びる工夫に専念すること。それだけを考えて毎日を過ごしている。失った家族や友人のことを思い悲しみに暮れる日もあるが、昔の生活に戻りたいかと言われると正直よくわからない。会社を経営して、うまいレストランをしらみつぶしにして、金目当てにたかる女たちと遊び歩いていた日々は、まるで毒々しい幻想、架空のできごとだったような気さえする。
もしいつか子どもに何かを伝える機会があるとすれば、生きたままでもリセットはできる、だからつらくても死ぬなと教えてやりたい。
(「リセット」ordered by ピコピコ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「リセット」ordered by ピコピコ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
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◇ 非現実的生活者
まだ何とかなる、まだ何とかなると自分に言い聞かせながら、泥沼に踏み込み続け、まだ何とかなると思うから、何とかなりさえすれば大丈夫だからと借金を重ね、友人の好意にすがり、そのうち明らかな不正行為にも手を染め始め、気がついたら言い逃れようのない背信行為に踏み込んでしまっていた。そしてもうどうにもならないことがわかった時、会社も家族も友人も何もかも失っていた。ゼロからのスタートではない。いったん傷つけ失ってしまった信頼関係は取り返すことが難しい。もう誰も自分を信用してくれなくなっていることがとどめだった。
羽振りのいい時期に、「近年、自殺者の数が増えている」という話を聞いたときには「命を粗末にする文化だからだ」とあざ笑い、子どもには「ゲームでは何度死んでもいくらでも生き返らせることができるが、本当の世界では一度死んだらもう生き返らないんだぞ。現実の世界にリセットなんてないんだ」と言い聞かせた。でもいまはわかる。おれが生き続けているのはただ意気地がないからだ。死ぬなんて怖くてできない。生き延びているのは、ただ死にたくないからだ。サラ金の男たちに殺されかけたときに味わった恐怖はそれほどにも大きなものだった。
いまは気候もいいし、このあたりは畑の脇に無人の野菜の即売所があるので、飢えて死ぬことはない。清潔にさえしていれば図書館にも出入りして山菜やきのこなど食べられるものを研究することもできる。当初コンビニエンスストアの賞味期限切れの弁当をあてにしていたのだが、これはなかなか手に入れるチャンスがないことがわかった。実際に1つ手に入れて食べたとき、こんなに味の濃いものだったかと仰天した。それほど味のないものばかり食べ続けていたからだ。いまなら豆腐や水を食べ比べたり飲み比べたりして、味の違いを当ててみせられる自信がある。
なかなか手に入らないので煙草を吸えなくなったのは非常につらかった。煙草が体に悪いのではなく、煙草をやめることの方が体に悪いんじゃないかとさえ思った。一ヶ月を過ぎるあたりから急に気にならなくなり始め、逆に体調も良くなってきた。生き延びることについて考えるのが少しずつ面白くなってきた。都市でホームレスをやるのはそんなに難しくなさそうだったが、おれは人と顔を合わせたくなかったので里に近い山の中に拠点を求めた。でも里から泥棒を続けていてはいずれ狩り出されつかまってしまうだろうから、嘘でもいいから共存する道を探した。
金はないので、野菜の即売所には都会で集めたポケットティッシュや無料配布のボールペンなどを置いた。もちろんそんなもので納得して貰えるとも思えないが、何か置いていきたいという姿勢だけは示したかったのだ。何度も通ううちに即売所の看板と野菜のディスプレイを変えた方がいいことに気づき、手直しした。都市部から来たドライバーが足を止めやすく買いやすくしてみたのだ。ここでの売上がよくなり持ち込む農家が増えればそれだけおれにもいいものが回ってくる。
山の中をさまようとハイキング客が残したゴミをいろいろ見つけることになる。缶類はある程度まとめて役所などで試験的に設置した回収ポストにいれると小銭になることがわかった。それからふと思いついて、野菜の即売所のノリで、ゴミ回収所の看板をつくり、心ある人は100円入れてくださいと書いて、募金箱をつくった。週末ごとに数百円程度だが回収できるようになった。もちろん勝手にやっていることなのでいずれは取り壊されるだろうが、少しでも長い時間お目こぼしして貰うため、子どもたちがやっているような稚拙さを演出してみた。また、集まったゴミはキチンと分別してゴミ回収車のルートに置くようにした。
夏と秋は何とかなるだろう。その先のことは考えられない。とにかく死なないこと。殺されないこと。生き延びる工夫に専念すること。それだけを考えて毎日を過ごしている。失った家族や友人のことを思い悲しみに暮れる日もあるが、昔の生活に戻りたいかと言われると正直よくわからない。会社を経営して、うまいレストランをしらみつぶしにして、金目当てにたかる女たちと遊び歩いていた日々は、まるで毒々しい幻想、架空のできごとだったような気さえする。
もしいつか子どもに何かを伝える機会があるとすれば、生きたままでもリセットはできる、だからつらくても死ぬなと教えてやりたい。
(「リセット」ordered by ピコピコ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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