【お題61】そこをなんとか ― 2008/01/30 07:24:51
「そこをなんとか」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「そこをなんとか」inspired by sachiko-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ ネゴシエーター
「いくら賞美堂さんの頼みでもね、これは頼まれたからどうなるって話じゃないんだ。できないものはできませんな」
「そこをなんとか」
「わからない人だな。重さで2mg、サイズで12mm、ここまで削れたのが奇跡と言っていい。何べん頼まれたってもうこれ以上はどうにもならないところまでやっているんですから」
「そこをなんとか」
「あのね。ぎりぎりまで調整して、以前の構成を完全に見直してパーツの配置までミクロ単位で調整してようやっとここまできたんだ。それをそういう風に、まるでいままで何にもしていなかったみたいないわれ方をすると、あたしだっていい顔ばっかりしていられませんよ」
「そこをなんとか」
「だいたいね。賞美堂さんとはお父さんの代からのお付き合いだから、今までだってそれは大抵のことは何とかしましょうってやってきましたがね、うちだって道楽でやってんじゃないんだ。できるできないの線引きはきちんとさせて貰いますよ」
「そこをなんとか」
「いい加減にしろっ! なんだ、甘い顔してたらつけあがりやがって。だいたいこんなの最初から無理だってわかってたんだ。それでもあんたの顔を立ててやりたいと思うからこうやって、大のオトナが5人がかりで半月間、ほとんどろくに休みも取らずに精度を上げてきたんだ。あんたはうちの大事な働き手をつぶそうってのかい!」
「そこをなんとか」
「ばか言っちゃいけねえ。あたしだってもうこれ以上あいつらを一秒たりとも引き留められませんよ。たりめえでしょうが。こんだけこき使っておいて、限界の限界まで身を削るようにしてやってきて何だその態度は。帰って貰おうじゃないか」
「そこをなんとか」
「くどいぞ! たいがいにしろ。え? 出てけ。出ていきやがれ。おい。おーい。賞美堂さんがお帰りだ。塩持ってこい。後からまいてやる。ざけんじゃねえ。顔も見たくねえ。二度と来るなってんだ」
「そこをなんとか」
「どうにもならんって言ってるのがわかんねえのか。ルーバー構造の三層展開もピペリット三角の不正乖離も全部試したんだ。言っちゃあ何だが、こんなことできる工場が日本にいくつある? うちでできなきゃもうどこでもできやしねえ。さあ帰んな。とっとと出ていきな」
「そこをなんとか」
「しつこいな。悔しかったらピペリット三角の鏡面体を精製できる工場を探してみろってんだ。うん? 鏡面体? 鏡面体はまだ試していなかったな。でも同じことだ。サイズも重さも変わらないわけだからな。さあ諦めるんだな。ほら帰った帰った。しっしっ」
「そこをなんとか」
「鏡面体の件だけは考えてやるが無理に決まっている。だって12月の『月刊擬宝珠サイエンス』にも論文が確かサンタフェ研究所のゴディモフ教授以下の研究ってことで、ほらここに載ってるだろう。不正乖離は少数の例外を除いて、鏡面体同士は全く同サイズ同質量だ。何にも変わりっこない」
「そこをなんとか」
「確かに論文の付記には、以前ジュネーブのピケロゾヴァ教授が微小鋼の位相変換について。あ。いやしかしあれはまだ追試験レベルで確立された手法じゃ」
「そこをなんとか」
「もちろんうちの施設があればそこまでは試して試せなくはないが、あんたそんなの天文学的確率にかけるような話だぜ。正気の沙汰じゃねえ」
「そこをなんとか」
「そうなると電力は今までのざっと3倍はかかるし、材料もけちけちしたことを言わず一気に一桁増やして進めなくちゃならないのはわかってんのか。人件費だってバカにならねえし、賞美堂さんにしたって現実的じゃないだろう」
「そこをなんとか」
「しょうがねえなあ。わかった。わかりましたよ。でもあんたもとことん強情だね。今回はあんたにすっかり丸め込まれちまったが、いいかい。こんなこともうないからね。いやしかし賞美堂さんにはかなわねえなあ」
(「そこをなんとか」inspired by sachiko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「そこをなんとか」inspired by sachiko-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
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◇ ネゴシエーター
「いくら賞美堂さんの頼みでもね、これは頼まれたからどうなるって話じゃないんだ。できないものはできませんな」
「そこをなんとか」
「わからない人だな。重さで2mg、サイズで12mm、ここまで削れたのが奇跡と言っていい。何べん頼まれたってもうこれ以上はどうにもならないところまでやっているんですから」
「そこをなんとか」
「あのね。ぎりぎりまで調整して、以前の構成を完全に見直してパーツの配置までミクロ単位で調整してようやっとここまできたんだ。それをそういう風に、まるでいままで何にもしていなかったみたいないわれ方をすると、あたしだっていい顔ばっかりしていられませんよ」
「そこをなんとか」
「だいたいね。賞美堂さんとはお父さんの代からのお付き合いだから、今までだってそれは大抵のことは何とかしましょうってやってきましたがね、うちだって道楽でやってんじゃないんだ。できるできないの線引きはきちんとさせて貰いますよ」
「そこをなんとか」
「いい加減にしろっ! なんだ、甘い顔してたらつけあがりやがって。だいたいこんなの最初から無理だってわかってたんだ。それでもあんたの顔を立ててやりたいと思うからこうやって、大のオトナが5人がかりで半月間、ほとんどろくに休みも取らずに精度を上げてきたんだ。あんたはうちの大事な働き手をつぶそうってのかい!」
「そこをなんとか」
「ばか言っちゃいけねえ。あたしだってもうこれ以上あいつらを一秒たりとも引き留められませんよ。たりめえでしょうが。こんだけこき使っておいて、限界の限界まで身を削るようにしてやってきて何だその態度は。帰って貰おうじゃないか」
「そこをなんとか」
「くどいぞ! たいがいにしろ。え? 出てけ。出ていきやがれ。おい。おーい。賞美堂さんがお帰りだ。塩持ってこい。後からまいてやる。ざけんじゃねえ。顔も見たくねえ。二度と来るなってんだ」
「そこをなんとか」
「どうにもならんって言ってるのがわかんねえのか。ルーバー構造の三層展開もピペリット三角の不正乖離も全部試したんだ。言っちゃあ何だが、こんなことできる工場が日本にいくつある? うちでできなきゃもうどこでもできやしねえ。さあ帰んな。とっとと出ていきな」
「そこをなんとか」
「しつこいな。悔しかったらピペリット三角の鏡面体を精製できる工場を探してみろってんだ。うん? 鏡面体? 鏡面体はまだ試していなかったな。でも同じことだ。サイズも重さも変わらないわけだからな。さあ諦めるんだな。ほら帰った帰った。しっしっ」
「そこをなんとか」
「鏡面体の件だけは考えてやるが無理に決まっている。だって12月の『月刊擬宝珠サイエンス』にも論文が確かサンタフェ研究所のゴディモフ教授以下の研究ってことで、ほらここに載ってるだろう。不正乖離は少数の例外を除いて、鏡面体同士は全く同サイズ同質量だ。何にも変わりっこない」
「そこをなんとか」
「確かに論文の付記には、以前ジュネーブのピケロゾヴァ教授が微小鋼の位相変換について。あ。いやしかしあれはまだ追試験レベルで確立された手法じゃ」
「そこをなんとか」
「もちろんうちの施設があればそこまでは試して試せなくはないが、あんたそんなの天文学的確率にかけるような話だぜ。正気の沙汰じゃねえ」
「そこをなんとか」
「そうなると電力は今までのざっと3倍はかかるし、材料もけちけちしたことを言わず一気に一桁増やして進めなくちゃならないのはわかってんのか。人件費だってバカにならねえし、賞美堂さんにしたって現実的じゃないだろう」
「そこをなんとか」
「しょうがねえなあ。わかった。わかりましたよ。でもあんたもとことん強情だね。今回はあんたにすっかり丸め込まれちまったが、いいかい。こんなこともうないからね。いやしかし賞美堂さんにはかなわねえなあ」
(「そこをなんとか」inspired by sachiko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
【お題62】リンク ― 2008/01/30 07:33:32
「リンク」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「リンク」ordered by はかせ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
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◇ デッドリンク
1997年に初めてパソコンを買った。インターネットをやるためだ。当時のパソコンはとっくに使わなくなっていたが、捨てるに忍びなくて(なにしろ自分で買った初めてのパソコンなのだ!)、納戸の奥の奥のずーっと奥の方にしまいっぱなしになっていた。それがいよいようちが狭くなって何とかしないことには、どうにもならなくなってきたので、納戸の中のものもすべて出して片づけることになった。
パソコンは手放したくはなかったものの、どう考えてももう使いようがない。OSはあまりに古く、クロック周波数はあまりに遅い。CD-ROMなんて誇らしげに4倍速なんて書いてある。もちろんトレー式だ。メディアはフロッピーディスクだし、中に何かデータが残っていてももはや取り出すすべがない。
と思ったが、ふと気がついた。違う違う。インターネットに接続できるのだ。メールさえ使えば何でもやりとりできる。1997年には重すぎてメールに添付するなんて考えられなかったものがいまならすいすいやりとりできる。それどころか! 1.3MBか1.4MBしか入らないフロッピーディスクでは扱えなかったようなデータでもいまならメールに添付できる。
そう思って、何年ぶりだろうか、個人的初代パソコンを起動し、その懐かしい起動音に耳を傾け、起動画面を見つめ、そして何年か昔の作業環境に入っていった。それは実に不思議な経験だった。まるで何年か前の自分の脳みその中味を覗いているような。デスクトップはずっと整然としており、フォルダーの数も少なく、ファイルも無駄のないように気を使っている様子が分かる。
仕事のファイルなどはのぞいてもあまり楽しいものはなかったので、古い古いネットスケープを立ち上げてみる。笑ってしまうのだが、ほとんど何も表示できない。あまりにスペックが古すぎるのだ。でもブックマークを丹念にチェックしながら、大学の研究室で立ち上げたサイトなどを見ると、20世紀にタイムスリップしたようなテキストだけのサイトをいまでも見ることができる。
でも多くのウェブサイトはデッドリンクになっていて、もはや跡形もない。仕事の資料のページ。友だちが始めたホームページ。「無法地帯だ!」と叫びながら見ていたアダルトサイト。後でじっくり読もうと思ってとりあえずブックマークしたページ。タイトルを見ただけではもう何だか検討もつかないページ。どれももう見ることはできない。電脳空間のどこかにそれらは消え去ってしまったのだ。
そういえばあの素っ気ない書体の404 Not Foundという文字列も最近はあまり見なくなった。初めてインターネットに触れた頃は何だか訳がわからなかった。そういうホームページがいたるところにあるのかと思っていた時期もある。月極駐車場というのが日本中にあるのを見て「ゲッキョク」という駐車場チェーンがあると思うようなものだ。
などなど昔を懐かしがりながらブックマークをたどっていると、不意にあるページが開く。当時そのままの姿で。掲示板を覗くと1999年まで更新された形跡があるが、そこまでだ。50件ほどしか表示されない掲示板に自分の書き込みを見つける。生まれて初めて書き込んだ掲示板。書き込んだ後にどんなレスがつくかドキドキして一日中気になっていた日々。電話料金が安くなる時間帯を待ちきれずアクセスして、どんどん通信料がかさんだこと。そして管理人と直接メールのやりとりをするようになり、実際に出会い、一瞬にして恋に落ち、嵐のように付き合って別れた。
忘れていたわけではない。でもできるだけ表面に出てこないようにしていた記憶だ。ぼくは思いついて掲示板に何か書き込むことにする。「ご無沙汰しています」とタイトルを入れ、本文のスペースに、今日、どうしてここにたどり着いたかを書きつける。おしまいに「いまは2006年の2月です。次に誰かがこれを読むのはいつでしょう。」と記して書き終える。
それから送信しようとして手を止める。しばらく文面を読み返してからブラウザを終了し、システムを終了する。
(「リンク」ordered by はかせ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「リンク」ordered by はかせ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
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◇ デッドリンク
1997年に初めてパソコンを買った。インターネットをやるためだ。当時のパソコンはとっくに使わなくなっていたが、捨てるに忍びなくて(なにしろ自分で買った初めてのパソコンなのだ!)、納戸の奥の奥のずーっと奥の方にしまいっぱなしになっていた。それがいよいようちが狭くなって何とかしないことには、どうにもならなくなってきたので、納戸の中のものもすべて出して片づけることになった。
パソコンは手放したくはなかったものの、どう考えてももう使いようがない。OSはあまりに古く、クロック周波数はあまりに遅い。CD-ROMなんて誇らしげに4倍速なんて書いてある。もちろんトレー式だ。メディアはフロッピーディスクだし、中に何かデータが残っていてももはや取り出すすべがない。
と思ったが、ふと気がついた。違う違う。インターネットに接続できるのだ。メールさえ使えば何でもやりとりできる。1997年には重すぎてメールに添付するなんて考えられなかったものがいまならすいすいやりとりできる。それどころか! 1.3MBか1.4MBしか入らないフロッピーディスクでは扱えなかったようなデータでもいまならメールに添付できる。
そう思って、何年ぶりだろうか、個人的初代パソコンを起動し、その懐かしい起動音に耳を傾け、起動画面を見つめ、そして何年か昔の作業環境に入っていった。それは実に不思議な経験だった。まるで何年か前の自分の脳みその中味を覗いているような。デスクトップはずっと整然としており、フォルダーの数も少なく、ファイルも無駄のないように気を使っている様子が分かる。
仕事のファイルなどはのぞいてもあまり楽しいものはなかったので、古い古いネットスケープを立ち上げてみる。笑ってしまうのだが、ほとんど何も表示できない。あまりにスペックが古すぎるのだ。でもブックマークを丹念にチェックしながら、大学の研究室で立ち上げたサイトなどを見ると、20世紀にタイムスリップしたようなテキストだけのサイトをいまでも見ることができる。
でも多くのウェブサイトはデッドリンクになっていて、もはや跡形もない。仕事の資料のページ。友だちが始めたホームページ。「無法地帯だ!」と叫びながら見ていたアダルトサイト。後でじっくり読もうと思ってとりあえずブックマークしたページ。タイトルを見ただけではもう何だか検討もつかないページ。どれももう見ることはできない。電脳空間のどこかにそれらは消え去ってしまったのだ。
そういえばあの素っ気ない書体の404 Not Foundという文字列も最近はあまり見なくなった。初めてインターネットに触れた頃は何だか訳がわからなかった。そういうホームページがいたるところにあるのかと思っていた時期もある。月極駐車場というのが日本中にあるのを見て「ゲッキョク」という駐車場チェーンがあると思うようなものだ。
などなど昔を懐かしがりながらブックマークをたどっていると、不意にあるページが開く。当時そのままの姿で。掲示板を覗くと1999年まで更新された形跡があるが、そこまでだ。50件ほどしか表示されない掲示板に自分の書き込みを見つける。生まれて初めて書き込んだ掲示板。書き込んだ後にどんなレスがつくかドキドキして一日中気になっていた日々。電話料金が安くなる時間帯を待ちきれずアクセスして、どんどん通信料がかさんだこと。そして管理人と直接メールのやりとりをするようになり、実際に出会い、一瞬にして恋に落ち、嵐のように付き合って別れた。
忘れていたわけではない。でもできるだけ表面に出てこないようにしていた記憶だ。ぼくは思いついて掲示板に何か書き込むことにする。「ご無沙汰しています」とタイトルを入れ、本文のスペースに、今日、どうしてここにたどり着いたかを書きつける。おしまいに「いまは2006年の2月です。次に誰かがこれを読むのはいつでしょう。」と記して書き終える。
それから送信しようとして手を止める。しばらく文面を読み返してからブラウザを終了し、システムを終了する。
(「リンク」ordered by はかせ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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