【お題59】彼しか知らない、彼女のほくろ。2008/01/29 10:19:09

「彼しか知らない、彼女のほくろ。」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「彼しか知らない、彼女のほくろ。」ordered by futo-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ ロケハン

神様はどうしてわたしたちのことを見捨ててしまったんでしょう。
玲子が傍らでそう呟くので則之は吹き出しそうになるのをこらえ尋ねる。
「幸せそうにモンブランを食べながら言うセリフかね、それ」
彼の肩に頭を乗せたまま、歌うように彼女は同じことをつぶやく。
色彩がだんだんに失われていく病気なので確かに辛いことは間違いない。
ラベンダー色が好きと言っていた彼女は
   もうその色がどこにあるのかわからない。
夏までにはモノトーンの世界に住むことになるだろう、
   というのが医師の診断だ。
「いま、一番したいことは何?」彼は聞く。「かなえてあげよう」

『彼しか知らない、彼女のほくろ。』という映画を撮って欲しい
   というのが彼女の願いだった。
残された時間はあまりにも短いが、則之はそれを撮ることを約束する。
人物は二人、もちろん演じるのは玲子と則之だ。
寄りに寄った映像が彼女のほくろをとらえているシーンから始まる。
「濃厚なシーンから始まるんだこの映画は」則之が言うと、
   それを聞いて玲子はくすくすと笑う。
ほっそりとした彼女の指が映り、映っていたのは掌だったことがわかる。
くっきりとした掌紋に埋もれた小さなほくろは、
   本人も知らなかったものを則之が見つけたのだ。
「ロケ地は決定だ。全部この掌で撮ろう」
   ほくろに口づけをしながら彼が宣言し、彼女が同意する。

(「彼しか知らない、彼女のほくろ。」ordered by futo-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題60】転生2008/01/29 10:22:40

「転生」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「転生」ordered by shirok-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ 転生

 ある朝、嫌な夢から目覚めるとぼくはベッドの中でグレゴール・ザムザになっていた。
 最初のうちは自分ではどうとも思わずにごろごろしていたのだが、ふとした瞬間に腕を見て、一夜にして毛むくじゃらになっているので驚いて飛び起きた。起きて自分の身体をチェックしていると、胸毛も濃く、胸毛どころか全身に茶色っぽい体毛が生えていてあ然としているところに、母がノックもせずにドアを開けて入ってきた。
「ヒロシ、いつまで寝ているの!」
「ノックしてから入れって言ってるじゃん!」と言ったつもりだったが、口から出てきたのは知らない言葉だった。印象で言えばドイツ語みたいな感じだったがよくわからない。
「あ。すみません!」と言ってお辞儀をして母は出ていきドアをしめてしまった。

 まだ状況がわからずにいたものの、何か自分の身体に異変が起こったことはわかった。ベッドから降りてクローゼットのドアについた鏡の前に立った。白人がいた。
「あ。すみません!」思わずお辞儀をして母と同じ言葉を口にしようとしてまたドイツ語らしきものを口走り、鏡の中の白人が同じようにお辞儀をするのを見て、さすがに気がついた。この白人がぼくだ。
「ナイン!」これはぼくにもわかった。ノー!ということだ。「ナイン!」
 その後に続く罵り言葉風のものは聞き取れなかったが、ぼく自身としては「マジかよ!なんなんだよこれ。どうなってんだよクソ」と言ったつもりだった。

 転生だ。とっさにぼくは思った。これは転生だ。このまま学校に行ったらどうなる? 転校生だ。いやちがう。ぼくはぼくだ。転校生なんかじゃない。というか転校生になるためには何か手続きをしなくてはならないはずだが、ぼくは自分が誰かもわからない。だったら転校生にもなれない。じゃあぼくは何だ。そう思ったとき、目の前のカバンに名前が書いてあるのに気づいた。

 グレゴール・ザムザ。さすがのぼくにもその名前は読みとれた。『変身』じゃん! そう思った瞬間、気がついた。そうだ。これは変身だ。転生じゃない。ということは転校生でもないということか? いやそれは関係ない。転校生は転校生かも知れない。というか何を考えているんだ?

 お腹がすいたので着替えて下の階に降りていくと、母がおどおどしながら朝食を準備してくれた。何か話しかけたそうだが、何と言っていいのか思いつかないらしい。パンをむしゃむしゃやっていると、不意に腹を決めた様子で母が口を開いた。
「あの。ヒロシは」
「おれにもわかんねーよ」
と、言おうと思ったがやっぱりドイツ語みたいな言葉しか出てこなかった。
「アイキャントスピークイングリッシュ!アイキャントスピークイングリッシュ!」と母が叫んだ。
 英語じゃないよ。ドイツ語なのに。

(「転生」ordered by shirok-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)