【お題70】間違い電話2008/02/04 12:10:22

「間違い電話」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「間違い電話」ordered by はかせ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ 間違い電話

 それは 一本の間違い電話から始まった。その男は真夜中に電話をしてきて、なれなれしくしゃべり続けた。あまり堂々としているものだから、間違い電話だと気づかなかったほどだ。てっきり知り合いからの電話だと思ってしまったのだ。こちらが相手の名前を失念しているのだと責任すら感じていたほどだ。会話の内容はとりとめないものだったが、主に感謝の言葉だった。「この間はどうもありがとう。あれで本当に助かったよ」繰り返し男はそう言った。

 我慢できずに「ごめん。名前がどうしても思い出せないんだ」ととうとう口にすると、特に気を悪くするでもなくからちと笑って「えっ、そうなの? 面白いから次に会うときのお楽しみってことで」と流され、結局正体の分からないままその電話は終わってしまった。それがやはり知り合いからの電話ではなかったと確信するまでにはずいぶん時間がかかった。結局「次に会うとき」が訪れなかったため、何カ月も経ってから、やはりあれは間違い電話だったんだなと思うことになった。

 でもそう確信するまでには、相手が知り合いだというのを前提にいろいろ考えさせられた。あんなに繰り返し感謝されるようなことって何だろう? 自分は誰に何をしたんだろう? あいつに金を貸したことだろうか? いや、あれは貸さない方が親切だったかも知れないな。あいつにはちょっとしたアドバイスをしたけどそんなに感謝されるようなこととも思えないし。そういえばあの時、後輩に頼られたときもうちょっと何とかしていれば感謝されたかも知れないが、実際には何もしてやれなかったし……。

 ぼくは何度も考えることになった。自分は感謝されるような何をしただろうか。あるいは感謝されるためにはどうすべきだったんだろうか。そして自分は誰かの感謝には値しないことを思い知らされ、次に機会があったらせめてこのくらいのことはしたい、などと思いをめぐらした。間違い電話をきっかけに、ぼくは少しだけ変わったような気がする。少し人に親切になり、時には厳しく接することもできるようになった。いい加減な態度を取らないようにほんの少し気を配るようになったからだ。

 それが学生のころの話だ。

 間違い電話をかけるようになったのは、30代も半ばを過ぎてからのことだった。ある晩、酔っぱらって帰ってきて、それでも翌朝までに片づけたいことがあって書類を整理している時に、ある電話番号のメモを見つけたのがきっかけだった。それは文庫本にかぶせたカバーの端のメモ書きで、何の説明もなく、ただ番号だけが記されていた。人名もない、会社名もない、何の手がかりもない。その番号を見つめているうちにむくむくとその正体を知りたくなり、つい電話をかけてしまったのだ。

 つながった瞬間、不意に大昔の一本の間違い電話の記憶が甦り、あの時のあの男のセリフが口をついてでた。
「もしもし」
 出たのは女性だった。誰かはわからない。
「あっ。ヘンな時間にごめんね」
「えっ」
「いまちょっとだけいい?」
「あ。はい」
「いろいろ考えているうちに、ひとことだけお礼を言わなきゃって思いついて」
「お礼」
「このあいだのこと、ほんとありがとうね。あれで本当に助かったよ」
「このあいだのこと?」
「あ、いいんだいいんだ。そうだよね。覚えてないかもね。ただ、ぼくはとても助かったんだ。本当にありがとう」
「……カズト君?」
 知らない人の名前を言った。同時にその番号の持ち主が誰かも思いだしてしまった。そうなるとこの演技を続けるのはむずかしそうだ。そろそろ切り上げ時だろう。
「あ。わかってないんだ。でも面白いから次に会うときのお楽しみにしておこう。とにかく本当にありがとう」
「え。ちょっと」
「ふふふ。じゃあまた。次に会うときに。遅い時間にごめんね」
 わざといたずらっぽく笑って電話を切る。

 こうして間違い電話が始まった。間違えてかけてしまう電話ではなく、かけようとおもってかける間違い電話だ。最初のうちはわからなくなった電話番号のメモをたよりにかけていたが、直に純粋な間違い電話をかけるようになった。月にだいたい1回のペースで。ほとんどの電話はせいぜい2、3分のうちに終わったが、中には話が弾んで長電話になることもあった。でもとにかく感謝の気持ちを伝えることだけに専念し、電話を終えるようにした。その人が電話のあと、「そこまで感謝されるようなこととは何だろう?」と思い返すことこそが肝心だからだ。

 そして思う。いつかぼくはあの電話をかけるのではないかと。時間を越えて大学生の自分自身に。そう。あの電話の主の正体はぼく自身ではなかったかと夢想するのだ。もちろんそれが現実離れした考えであることはよくわかりつつ。

(「間違い電話」ordered by はかせ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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