【お題52】鏡と扉2008/01/17 13:54:27

「鏡と扉」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「鏡と扉」ordered by miho-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ 遠い記憶

 その建物は小学校へと続く急な坂の途中にあって、我々はそれをお化け屋敷と呼んでいた。ほとんど山登りといってもいいような急坂をしばらく登ると屋敷につながる私道の入り口があったが、そこからは鬱蒼と繁る木立に阻まれて、建物の姿は全く見えなかった。しかし坂の下、麓のあたりから見上げると山の中腹に、建物は街の他のいかなる建物とも違う奇妙なフォルムで異彩を放っていた。

 洋風建築、と大人は言っていたがそんな言葉でくくられるような代物ではなかった。それは巨大な積み木細工のようでもあり、雨風に浸食されたはげ山の岩場のようにも見えた。いずれにせよそれは、人が当たり前に住まうための建物にはとても見えなかった。特殊な意図を持った人が(人々が)特殊な目的を遂行するために用意した建物のようだった。

 ある夏の放課後、数人の友人と誘い合ってお化け屋敷を探検することにした。といっても、お化け屋敷が無人なのかどうかも知らなかった。もし誰か普通に人が住んでいるのならば、人の家に忍び込むことになるわけだから、もちろんそれは泥棒と同じである。頭の片隅でそのことに少しは気づいていたはずなのだが、「お化け屋敷を探検する」というアイデアに興奮して、わたしたちは用心しながら蝉時雨の降る中、先へ先へと進んだ。「誰が一番奥まで入れるか競争だ」と1人が言った。あまりにも困難な挑戦に、みな言葉もなかったが、異論もなかった。

 弓なりになった道が終わる頃、建物は姿を現した。その途端、1人が細い泣きそうな声で「やめよう」と言った。わたしも一瞬心が揺らいだが、ここでやめるわけにはいかないとも思っていた。そこで彼に向かって「ここで待ってな。すぐ戻るから」と威勢よく言った。でも同時に、思っていたより整然とした建物の様子を見て、誰かがきちんと手入れしているらしいことを感じ取った。わたしは三段のステップを上がり、ポーチに立ち、扉を前にして「建物に入るのはまずいんじゃない?」と言ってみた。でも競争を提案した少年ともう一人は口を引き結び、ノブに手を掛け扉を開いた。

 誰かが細い叫び声を上げた。扉のきしむ音がそんな風に聞こえた。わたしはポーチに立ったまま開いた扉から建物の中をのぞきこんだ。そこはホールのようになっていて、玄関はなくそのまま板敷きの床が広がっている。二人は建物に入り、はいってすぐ右手に上がる階段をあがっていく。木の階段がぎしぎしという音がしばらく続く。わたしの後ろの方には「やめよう」と言った子が、蝉の合唱の中たたずんでいる。だんだん目が慣れてくると暗い建物の中には正面に大きな立ち鏡があり、開けはなった戸口に立つわたしのシルエットを映し出している。

 次の瞬間、階段の上の方から叫び声がして、二人が駆け下りてきた。「逃げろ」一人が言った。わたしはあわてて逃げだそうとして鏡を見てぞっとした。わたし以外の誰かが鏡の中からわたしを見ていたからだ。大人のように見えた。その人影がゆらりと動く。わたしは身動きできなかった。飛び出してきた二人に突き飛ばされ、すくみ上がっていたからだが動きだし、わたしたち4人はその場を駆け去った。もう一度振り返った時、そこにはただ開きっぱなしの扉が見えるだけで、中の様子はもうわからなかった。

     *     *     *

 大きくなってその建物は世界的に有名な建築家が、ある金持ちの依頼で建てた個人宅だったことがわかった。調べてみるといまは一般公開されていて、予約すればそこで会食することもできるらしい。お化け屋敷で会食とは! 小学校の建物が取り壊されると知って同窓会を開いたとき、わたしはあの時の仲間を誘って、その建物に集まることにした。

 外国人の視点でつくられた和洋折衷の奇妙な建物は、時代による落ち着きと、時代を経てもなお挑戦的なたたずまいを持つ、やはり風変わりな建築だった。我々は会食しながらあの時のことを話し合った。四半世紀を経て記憶はあいまいになり、それぞれの証言が食い違い始めた。とりわけ鏡と扉の位置についての認識がみなばらばらだったのだ。

 中に入った1人は鏡なんて見なかったと言い、1人はもっと別な場所にあったと言うのだ。そこで4人は連れ立って階段を降り、玄関ホールへと向かった。そこには鏡はなかった。呆然とするわたしを残して、あとの3人は1階の他の部屋を探検すると言って廊下の奥に消えた。わたしは戸口に近づき、扉を開け放ち、あの時と同じように振り返った。

 正面に、開け放った扉とそこにたたずむ人影が映った。やはり鏡はあったじゃないか。そう思った瞬間、向かって左手の階段の上で叫び声がして、子どもが2人駆け下りてきた。左手の階段だって? 違う。階段は右手にあったはずだ。階段を駆け下りた少年たちは正面に見える戸口に向かって走り出す。鏡の奥に向かって? そしてわたしは気がつく。鏡の中、戸口のあたりで立ちすくんでいるのはわたしの鏡像などではない。あれも子どもだ。2人の少年に突き飛ばされ、その子どもも走り出し、さらにその先にいた少年と合流し、4人ははるか先の蝉時雨の中へと、遠い夏の日へと走り去っていく。

(「鏡と扉」ordered by miho-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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