【お題90】お楽しみ会2008/04/13 12:25:29

「お楽しみ会」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「おたのしみ会」ordered by ariestom-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ 演技の極意

 憂鬱だ。だいたい大勢でつるんで何かをするのって、性格的に合っていないんだ。群れるのもキライだし、群れてひどく満足そうにしている人の顔を見るのもうんざりする。群れたことで強くなった気がするのか、横柄な態度を取るやつなんてもう最悪だ。そういうやつは群の仲間以外には排他的になるし、仲間に加えるときには妙に恩着せがましかったりする。ぐったりしちゃうんだよな、そういうの見ると。

 だからぼくはそういったこと一切からできれば距離を取りたいと願っているのだが、この件に関してだけはなぜか母が頑として認めない。
「たとえお天道様が許してもね」母は言う。「孟宗竹は孟宗竹にほかならないのよ!」
 多くの人にとってまったく意味不明だと思うが(そしてあわてて付け加えるとぼくにとっても意味は不明なのだが)、ここで母が言いたいのは、ぼくの考え方を却下すると言うことなのだ。

「ぼくがそういうの、一番苦手だってわかってるくせに」ぼくだって引き下がるわけには行かない。「苦痛だし、苦痛だってことが顔に出るからまわりも迷惑する。何もいいことなんてないよ」
「おだまり!」ひときわ大きな声でそう言い放ってから、その言葉の響きが気に入ったのか、母は続ける。「おだまりおだまりおだまり」
「おだまりは、わかったよ」
「おだまり!」

 結局、反論空しく、ぼくはおたのしみ会に出ることになる。そのためには練習に付き合わなくてはならない。白雪姫と七人のこびとたちが悪い魔女の噂話をするシーンだ。あ。言い忘れていたけど、ぼくは南山手幼稚園の年長さんで、これが最後のおたのしみ会なのだ。おかあさんがたも先生もこれが最後だというので熱が入っていて、その熱気も暑苦しくてぼくはげんなりする。幸いなことに母はその盛り上がりと一線をひいているようだった。ぼくには出ろ出ろとけしかけたくせに。

 ぼくとしてはテーブルの役でも壁の役でも良かったのだが、なんと全員に役が回るように、一つのキャラクターを3人に分けて演じるという。そのせいでぼくにもセリフのある役が回ってきてしまった。「おこりんぼ」の役だ。少しは見る目があるらしい。あるいは皮肉のつもりなのだろうか。セリフというのは、ほかのこびとの提案に対して「気に入らないな。気に入らないな」というだけなのだが、これについては心から感情を込めてしゃべることができるので、実は少し気に入ってしまった。

 おたのしみ会の当日、なぜ母がそこまで入れ込んでいたのかがわかった。母は誰が見てもディズニーの白雪姫だとわかるコスチュームを着て現れたのだ。考えられないことだ。他のおかあさんがたも引きまくっていたが、何人かに「自分でつくったんですか、お上手ねえ」と言われて素直に喜んでいる風だった。

 白雪姫が始まって間もなく、白雪姫(2番目)の子がセリフに詰まってしまった。客席の保護者たちがはらはらしているのがわかる。「がんばって」「しっかり」などと声をかける親もいるが、白雪姫2は完全に委縮して何もできなくなった。

「わたしもそうだったわ」突然、ひとりの女の人がしゃべりだした。おたのしみ会の雰囲気とはそぐわない、低く落ち着いたトーンの声で。もちろんぼくの母だ。「何も言えなくて、頭の中が真っ白になって、まわりで何か言っているのも耳に入らなくなったの」

 その声は白雪姫2の耳に入ったようで、母を見上げた。巨大白雪姫である母はいつの間にか立ち上がって白雪姫2の前に立ち、まるでシンデレラに出てくるフェアリー・ゴッドマザーみたいな感じで話しかけている。

「終わった後で死のうかと思ったわ。でもね、それは違ったわ。死にたいくらいつらかったけど、死ぬことはそれよりもっとこわかった。死ぬほどこわかった」何を言っているんだ。ぼくは舌打ちをしたい気分になった。こっちの方が死にたいよ。「でもね、それでいいのよ。さあ、叫んでご覧。『エスクレメントー!』」
「『エスクレメントー!』」
 白雪姫2がつられて叫ぶ。
「『エスクレメントー!』」
「『エスクレメントー!』」
 そうして母は座り、白雪姫2は奇跡的にセリフを思い出し場面はつながった。

 晩ご飯の時に母に聞いてみた。
「『エスクレメント』って何?」
「糞ってことよ。イタリア語で畜生みたいな意味なんだって。筒井康隆が書いてた」
「はは」ぼくは力無く笑う。「で、おかあさんがセリフに詰まったのって、やっぱり白雪姫だったの?」
「え?」母は何を言っているんだこの子は、という顔つきでぼくの方を見て、それから理解したらしくうなずく。「おかあさんはね、おたのしみ会なんて大嫌いだから出なかったのよ」

(「おたのしみ会」ordered by ariestom-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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