【お題36】七草粥2008/01/01 01:57:20

「七草粥」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「七草粥」ordered by 花おり-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



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◇ 無名戦士に贈る

世界が、たとえ今日終わりを迎えるとしても
猟師はやはり狩りに出かけるだろうし
ナースはやはり病人の世話をするだろう
ずり落ちかけた夜空の月も
鳴り渡る鐘の音の前に立ちすくむだろう

強引な言葉遊びにうつつを抜かすものは
行頭の文字を連ねなにがしかの意味を見いだそうとする
妖精の粉を振りかけられ空を飛べるようになるものなら
うつつは夢となり無意味さえも形を持つだろう
敗走する兵士にしてやれるせめてもの贈り物
凍えるからだを温め、凍える心を包み込む
ベランダで育てた7つの草を摘み添えてやろう
楽にしてやることはできないけれども

炎はまだ燃えているか、心の中で
時計は止まらず動いているか
計算などできなくたってかまわない
飲み食い息をすることさえできればそれでいい
雑草呼ばわりされるものたちが聖なる糧となるように

好きなだけ、さあ食べるがいい
頭痛を少しやわらげてやれるかも知れない
情けない世の中にも少しは救いがある
好きなだけ、さあ七草の粥を
ずり落ちかけた夜空の月に照らされ
シーツに血を流し横たわるお前は、お前こそが
ろくでもない世の中で真に生きるに値する者なのだから

(「七草粥」ordered by 花おり-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題37】急募!「お題」2008/01/02 07:17:21

「急募!「お題」」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「急募!「お題」」ordered by futo-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



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◇ ダイイング・メッセージ

 DVDを見終わる頃、せかせかとした足取りで女探偵は現れた。戸口でいったん足を止めひとわたり部屋を眺め、関係者が全員そろっていることを確認し、口を開く。
「遅れてしまって申しわけありません」
 口元には軽く笑みを浮かべている。ちっとも申し訳なくなんか思っていない顔だ。
「事件の概要をまとめたビデオはご覧いただけましたか」
 室内のあちこちから唸るような返事が聞こえる。確かに事件の概要はよくまとまっていた。殺された作家が見つかった夜に始まり、誰が発見し、どう通報したか。どの証言が疑わしく、どの証拠が何を意味しているか。人物関係はどのようになっていて、そこにどんな利害関係があったか。

 でも、そこに結論はなく、ただ室内の関係者全員が容疑者だとにおわされたところで終わっている。誰もいい気分になれっこない。だいたい予めこんな映像を用意しておくなんて、最初から遅れて来るつもりだったのは明白だ。「もし私が遅れるようなら先に事件をまとめたDVDを見ておいてください」などとメモがついていたが、この登場のタイミングは良すぎる。本当はどこか近くで様子をうかがっていたに違いない。あるいはDVDを見ている人の様子で犯人の目星をつけようというのか。

「今回の事件は一見、非常に簡単に見えました」女探偵は戸口のそばにたったまま話し始めた。「刺された傷、凶器のナイフ、落ちて止まった時計、口紅のついたグラス、そしてダイイング・メッセージ。」
 それから女刑事は滑り込むような身のこなしで部屋の中に入り、ある一人の大柄な女性の前にたった。
「アンナさん、あなたが犯人ですか?」呼ばれた女は目を白黒させて、とんでもないわたしは何の恨みもないし、ご主人さまにはよくしていただいたと返事した。「はい。家政婦のアンナさん、あなたは犯人ではありません。あなたご自身には完璧なアリバイがあるんです。にもかかわらずあらゆるものがあなたが犯人だと指し示しているのです。あなたはご存じないでしょうけど」
 わたしが? 犯人ですって? どうして? とおろおろするアンナをそのままにして、女探偵は華奢で体の弱そうな女の前に進む。「マリエさん、あなたは犯人ですか?」そう言われた女はただでも青い顔を一層蒼白にして凍り付く。「大丈夫あなたも犯人ではありません。でもアンナさんを指し示す証拠を丹念に洗っていくとやがてあなたに行き着くように巧妙な仕掛けが施されていました。これは驚嘆すべき周到な計画です」。

 女探偵は中央に進むと全員に向かって言う。「あなたがたは犯人ですか?」不満げな否定の声が漏れる。「はいその通り、あなたがたのどなたも犯人ではありません。でも一つひとつの証拠を洗っていくと、まず誰かが浮かび上がり、それがくずれ始めると次に他の人物が浮かび上がる。アンナさんの次はマリエさん、マリエさんの次はジローさん、ジローさんの次はナオミさんという具合に」
 聴衆はざわつくが女探偵は構わずに続ける。
「でもどの場合にもその人が犯人でないことを示すものが一つだけ残るんです、それが」思わせぶりに間を取って元容疑者たちを沈黙させ、続ける。「ダイイング・メッセージです。みなさんご記憶ですか? そこになんと書かれていたか」
「何者かがわたしの背後から迫ってくる。しかしこれだけは書いておかなければならない。急募!『お題』」太った紳士が怒鳴るようにして言う。「それがパソコンの画面にあった文字だ」
「その通りです。ありがとうございます、ユーゴさん」女探偵はその場でくるりと綺麗なターンをして画面に向かって言う。「最初これがなかなかわかりませんでした。ダイイング・メッセージなのかどうかすらわかりませんでした。ただ書きかけの途中で殺されたんじゃないかとも思いました。でも違う。これはやはりダイイング・メッセージです」

 わたしは沈黙して様子を見ている。女探偵が本当に正しい結論に達したのかどうか見極めるためだ。でも彼女は正しいと言うことがわかる。彼女は画面に指を突きつけ、つまりパソコン画面の中からわたしを指さし、はっきりと言うからだ。「あなたが犯人です。作家を殺したのはあなたに他なりません。なぜならこの話はあなたが書いたからです。急募『お題』を求む! これはあなたのお得意のフレーズです。しかも言わせてもらえば殺された作家はあなたの分身でしょう?」

 そこでわたしは書き込む。
「そんなことを言ったら君だってぼくの分身だ」
「もちろんです」女探偵は言う。「アンナもマリエもジローもナオミもユーゴもね。こんな海外でも日本でもありうる名前ばかりそろえるなんて不自然なことはフィクションだから許されることです」
「では、君はこの事件をどう終えるつもりかね」好奇心に駆られて私は尋ねる。「どう解決して終わらせるんだ?」
「ご冗談でしょう」女探偵は言う。「それはこちらのセリフです。あなたこそこの話をどう終えるつもりなんですか? ご自分を登場なんかさせてしまって」
 確かに。それはそうだ。この話を終えるのはわたしの仕事だ。だからわたしはこの話をこう書き終えよう。何者かがわたしの背後から迫ってくる。しかしこれだけは書いておかなければならない。急募!『お題』

(「急募!「お題」」ordered by futo-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題38】骨董女2008/01/03 08:34:58

「骨董女」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
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(「骨董女」ordered by futo-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



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◇ 骨董女

 え? 彼女ですか? いましがた帰っていった方。ええ。骨董女。確かにそう呼ばれています。さっきも呼ばれてましたよね。どうしてかって? さあ、お客さんはどうしてだと思います? 骨董を扱う仕事をしているから。妥当ですね。でも違います。骨董品好きだから。うーん。そのこと自体は間違っちゃいないでしょうけど、でも名前がついた理由ではありません。え? 意外と年がいっているから? ああ。あっはっは。お客さん、知りませんよ。ご本人に言いつけちゃいますよ。そうですねえ、確か30歳を少し越えたくらいだったと思いますけど、でも、それで骨董呼ばわりされちゃたまりませんね。あなた、そういうこと言っていると30過ぎた女性全員を敵に回しますよ。しかしあれですね。考えて見りゃ家具や調度が30年たてばそれなりに年季が入ってくるもんですが、人間の場合40〜50年は過ぎないと「年季が入った」って感じはなかなかしてこないもんですなあ。

 失礼。脱線してしまいまして。え、何ですって? 住んでいる家が骨董だらけだから。ははあ。いろいろ思いつきますねえ。でもそれは不正解。あたしはたまたま住んでいるところを知っているんですが、ほら一昨年だったか、神社の森の近くにできた大きなマンション、あそこにモダーンな感じで住んでますよ。家具なんかもほらイームズだかなんだかの椅子とかね、ミラノだかどこかの机だとかね、わたしは詳しくないんでわかりませんが、そういうのを写真なんかで紹介している雑誌に出てきそうな、そんな部屋ですよ。えっ? なんで詳しいのかって? ふっふっふ。ご想像におまかせしますよ。

 実はお父さんなんだろうって? おやおや。色っぽい方には想像してくれないんですか? まあこんなおじいちゃんですからね。想像しろっていうほうが無理がありますね。いや実際おっしゃるとおり、年齢的にはあたしなんか父親と言ってもおかしくない。付き合う人ならお客さんくらいの年齢の方のほうがふさわしい。え? そこに住む前の家が骨董だらけだったからだろうって? そりゃあそういうこともあるかもしれないけれど、やっぱり名前がついた理由じゃありませんなあ。名前? ああ。苗字か名前をもじったんだろうって? うーん。

 お客さん。聞くまでもないことですが、彼女のことが気になるんですよね。「骨董女」って呼び名が妙で気になったからだけだって? そんな誤魔化しちゃいけません。美しい人ですし、とても理知的です。ピアノなんかもお上手で。お仕事でも、かなりできる方のようですよ。素晴らしい女性です。でもね。ああ。やっぱりやめときましょうか。これは言わない方がいいんでしょうかね。え? 聞きたいですか? 本当にいいですか? ひょっとすると聞かない方がよかったと思うかも知れませんよ。

 じゃあ白状しますがね。さっきの話、なんで彼女の家の中をよく知っているのかって話。実はね。以前にその、お付き合いしていたことがあるんですよ。冗談でしょうって? いやいやお気持ちはわかります。それはね、あたし自身がそう思っていましたからね。親子の年齢差ですし、それにあたしの方はもう……。ああ、こういうこと、本当は言わない方がいいかも知れないんですがね、お客さんだから話してしまいますが、あたしはもう、そういうこととは縁がないと思っていましたからね。それこそ何年も、いや家内に先立たれてから二十年近くも、その、女性にその、触れることもなかったわけですから。はい。しかし忘れていないもんですね。お付き合いしている間はすっかり若返ったような感じでしたな。心も、身体も。体の向きとか道具とかそれこそ場所とか、あたしどもの若い頃には考えられないようなことを……ああ、これはさすがに言い過ぎですね。失礼しました。

 ただ話はこれだけじゃないんです。さっき一緒のテーブルにいた男性、一緒に出ていったでしょう? ご覧になりました? そう、年輩の方です。わたしより二つ三つ上じゃないかな。いまはあちら様とお付き合いされているんです。信じられないって? いやいや。半年くらい前まではもう少し若いけど、やはり年輩の方とお付き合いされていたんですよ。おわかりになりましたか? そう。彼女と付き合うことのできたわたしたちがね、自嘲的に言い始めたんですよ。こんな骨董品みたいなものを愛してくれるとは、ってね。それで骨董女です。

 どうです? ショックでしたか? やっぱり聞かない方がよかったですか? いやいや失礼しました。お客さんがあんまり熱心なんでちょっとからかってみたくなってね。え? 冗談ですよ冗談。決まっているじゃないですか。さっきお客さん、正解をおっしゃったんです。そう。名前のもじり。本当はね、トウコさんっておっしゃるんですよ、あの方。それがひっくり返ってコットウさん。さっきの男性は一緒にジャズバンドをやっているベーシストの方です。付き合っているかどうかまでは知りませんがね。はっはっは。半信半疑って顔をしてますね。おわびに一杯おごらせてください。アンティーク・ウーマンって名前のカクテルです。たったいま発明しました。

(「骨董女」ordered by futo-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題39】198円2008/01/04 07:56:09

「198円」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
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◇ 冬の雷

 がらがら、がらがらがらと、間延びした音が聞こえて窓の外を見る。しばらくがら、がら、と続くが光は見えない。冬の夕方。雨の一日。あたりはすっかり暗くなっている。しばらく残響を轟かせた雷はそれっきりもう光りもせず音も聞こえない。旅先のホテルの窓から見る風景は(雨のせいもあるのだろう)どこかよそよそしく、見ていると胸の内ががらんとするようなわびしさに襲われる。特に雨にとじ込められ一日何をするでもなくホテルの部屋でむなしく過ごしてしまったからなおさらだ。

 夕食を食べに行かなければならないのだが、こんな寒々とした氷雨の中、出かけていくのは億劫だ。かといってこのホテルのあのひどい食堂に行くのはまっぴらだ。どうしたものだろうと考えながら、それでもやはり出かけるしかあるまいとクローゼットを開いてマフラーとコートを出す。それにしてもどこに食べに行けばいいのだろう。駅の方まで出ればなにがしか店はあったが、あまり立ち寄りたいような店はなかった。もう一度窓辺に立って町を見下ろしながら考える。雨の中うろうろと店を探すのは気が進まない。

 その時コートの右ポケットの中の小銭と紙切れに気づく。紙切れを取り出すとレシートだ。支払った金額は4802円。どこかのレストランらしい。そして日付は今日。混乱する。どういうことだ? ただの食事にしては結構な金額だ。そんなものを食べた記憶はない。おまけに今日は外に出ていない。このレシートは一体何なのだ。見るとレストランの住所が書いてある。前日購入した近所の地図を取りだし、さっそくチェックする。すぐ近くだ。行ってみよう。

 店はドイツ料理の店でひとりで軽い夕食を食べるにしてはいささか値が張ったが、店に一歩踏み入れて暖かい空気とうまそうな料理の匂いを嗅いだ途端、無性に食欲が出てきて、迷わず贅沢をすることにした。コートを預け席に着く。勧められるままに注文し、まずビールと皿にたっぷり盛られたザウアークラウトが運ばれる。続いて素朴だが体の温まる野菜スープ、いろいろなソーセージの盛り合わせ、鉄板の上でじゅうじゅう湯気を立てるハンバーグステーキとライス。付け合わせのジャガイモとニンジンも火傷しそうにあつあつだ。そして何杯かのビール。無我夢中で食べて飲んですっかり満足し、テーブルについたまま会計を頼む。5000円札を渡すと198円のお釣りと一緒にレシートが届く。4802円のレシート。ついさっきまでポケットに入っていたあのレシートだ。

 あわてて席を立ち、コートを受け取りポケットの中を探ると、どうしたわけかからっぽだ。振り向くと給仕頭の男がにっこり微笑み「また、お越しくださいませ」という。

(「198円」ordered by sachiko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題40】目覚まし時計2008/01/05 01:15:31

「目覚まし時計」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
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(「目覚まし時計」ordered by カリン-san/text by あなたのペンネーム)
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◇ One micro morning

 拾ってきた時にあんまり小さくて、うっかりすると踏みつけてしまいそうなくらい小さいものだから、そのことをしっかり意識しようと思って即座に「まいくろ」と名前をつけた。雄か雌かもわからないから適当にマイクとかマイキーとかマイくんとか呼んでいたら、後にお腹が大きくなって雌だとわかって困ったが、世の中には猫に「いぬ」とか「くま」とか「さわら」とか名前をつける人がいることを思えば、まだ名前であるだけマシだと思うことにした。

 雄か雌かなどということは問題ではなかった。「まいくろ」はマイクロどころかビッグ、ラージ、マックス、マキシマムとでも呼ぶべき急成長を遂げ、日に日に巨大になっていった。外猫として自由に歩き回り、去勢する前はずいぶんケガも多かった。一度は子どもを生ませてやったが、その子どもたちがいわばマイクロ・タイフーンとして我が家を壊滅状態にしてしまったので、去勢に踏み切ったのだ。

 その後運動量が減ったせいもあってますます「まいくろ」は巨大化を続け、いくぶん性格が穏やかになったかに見えたが、自己主張の強さは全く変わらず、朝は4時半頃から腹が減ったとアピールし、ざらざらの紙ヤスリみたいな舌で目のまわりをなめ、こちらが起きないと顔の上に座り込み、放屁なのがゲップなのかすさまじい匂いを放ち、おかげでこちらは飛び起きるようにして叩き起こされた。旺盛な食欲と徹底した休養によって「まいくろ」は、いわば“時に移動もすることもあるカーペット”のような姿になり、重力に負けて水平二次元方向に広がり始めた。

 ある日、庭の塀に飛び上がろうとして全く及ばず、塀の真ん中あたりに激突している「まいくろ」を目撃した。恨めしそうにこちらをにらむ「まいくろ」を見て笑いが止まらなくなったものの、これは何とかしなければならないと思った。でも何とかする前に「まいくろ」は家の前で車にひかれて死んでしまった。普通の猫なら避けられたところを重力につなぎ止められ逃げ切れなかったのだと思う。猫好きの友人たちがものすごく心配してくれて、とても気を使ってもらって慰められたが、泣くこともできなかったし、怒り狂うこともできなかったし、なんだかひどく冷静に「もう少し早くダイエットに取り組んでおくべきだった」ということばかり考えて過ごしていた。

 今朝まだ明け切らぬ時刻にふと「まいくろ」を感じた。ざらざらの舌で頬をなめられたと思ったのだ。目を開き、手を伸ばし、そこに「まいくろ」がいないことに気づいた。それから大声で誰かが吼えているのでびっくりして完全に目を覚ました。泣いているのは自分だった。目覚まし時計を返して。目覚まし時計を返して。そう、自分の声は吠え続けていた。

(「目覚まし時計」ordered by カリン-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題41】三谷幸喜2008/01/06 18:36:01

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(「三谷幸喜」ordered by 花おり-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ When I'm sixty-three

 芝居を見終わって、軽く飲もうかと言うことになった。店を探したが街はすっかり変わってしまっていて、おまけに街全体がお子様向けな雰囲気になってしまっていて、わたしたちが入れそうな店を見つけるのにずいぶん苦労した。この街を自分の庭のようにしていた頃もあったのに。

 抜け道のようになっている細い通りに入り込むと、意外なことにその台湾料理屋は昔のままの姿でそこにあった。まわりの店はすっかり様変わりしていたが、その店は昔ながらの構えで、中に入っても昔ながらの賑わいと汚さ(好ましい汚さ)で、食事を頼むと昔ながらの味わいだった。腸詰め、春巻き、ビーフン、しじみのニンニク炒め。彼が頼んだものも昔ながらのメニューだった。

「こうしているとあの頃のまんまだな」ビールをなめるようにして彼が言う。ジョッキの角度が昔のままじゃない。けれどわたしは敢えてそのことを指摘したりはしない。
「ほんと。この店、全然変わらないね」
「30年!」しじみのニンニク炒めをつまみながら芝居のパンフレットを開いて彼が慨嘆する。こんなお店で(失礼!)パンフ開いたらべとべとになっちゃうよ。「30年経っちゃったんだ」
「一緒に観たよね」苦労してジョッキを持ち上げながらわたしが言う。昔の感覚で中ジョッキを頼んだけど、こんなに重たかったかな。「あれ、おかしかったよねモルモソーって歌」
「あの時のパンフにもうこの公演の予告が載っていたんだよね」
「うそだあ」
「ほんとだって。2024年『リア玉』カッコ主演、梶原善カッコとじ。ちゃんと書いてあった」
「ほんとに?」疑わしそうな声を出してみせるが、彼の言っていることが正しいだろうということはよくわかっている。「テキトーなこと言ってるんじゃないの?」
「ほんとだって。ただし劇場はトップスでやることになっていた」
「トップス?」わたしは聞き返す。「それって新宿にあった」
「そう。あのトップス。さすがにあそこまで街が変わっちゃうとは思わなかったんだろうね」腸詰めをつつきながら彼は言う。「大向こうを張るような劇場じゃなくてトップスっていうのが三谷幸喜らしい恥じらいというか反骨というか」
「義理堅さというか」
「そうそう、そんな感じ」
「同い年なんだよね、彼、わたしたちと」ふと思いついてわたしは言う。「でもあの人、年取らないよね」
「うーん」天井をにらんで彼は唸る。「もうこの年になって才能をうらやんでも仕方がないんだけど」
「またやろうか、芝居」
「うーん」
「書きなよ、脚本。出てやるからさ」
「それはどうかな」もったいをつけて彼が言う。「書くとしたら若い女しか出てこない話だからな」
「若い女で出るんだよ、あたしが」声にすごみをきかせてわたしが言う。「ただしあたしより若い女優を使ったら許さないからね」
「どんな芝居だよ」眉を上下させながら彼が言う。「舞台は老人いこいの部屋か? えっ?」
「それがいやなら」わたしも負けずに眉間に縦じわをいれて言う。「男役者は若くても、まあ許す」
「おいおい」彼が突っ込む。「お前のための出会い系劇団じゃないんだから」
「出会い系!」わたしは思わず吹き出してしまう。「古いねえ。最近聞かないよ、そんな言葉」
「死語かな」
「死語死語!」
「死語ばっかりでセリフ書いたら面白そうだな」かつてよく見たニヤニヤ笑いを浮かべて彼が言う。「出会い系とかバブル崩壊とか2000年問題とかJ-ポップとか構造改革とかミクシィとか」
「2000年問題! ミクシィ!」悶絶してわたしは笑う。「よく次から次に出てくるね。書いて書いて!」
「おれたちくらいの役者をいっぱい使ってさ」
「やろうよ、ねえ!」笑って笑ってわたしは咳き込む。「げふげふげふ、それ、やろうよげふげふ」

 けれど彼はうつむき小さく肩で息をする。顔に笑いを貼り付けたまま。わたしも笑顔のままだけど、そう長くは支えきれないだろう。63歳の男の顔に戻り、紹興酒を2杯注文し、彼が振り向く。少し笑みを浮かべまっすぐわたしの目を見つめ、そして言う。
「ぼくらはもう63歳だ」
「うん」
「飛んだりはねたりはできない。今日舞台で観たとおり」
「うん」しぶしぶわたしはうなずく。「笑えば咳き込む」
「その通り。セリフ覚えも悪いだろう」
「覚えても忘れるかも知れない」
「そうだ。舞台で失禁するかも知れない」
 彼の目がいたずらっぽく笑っている。
「興奮するわね」
「それでも君は芝居をやりたいというのかね」
 わたしがうなずくのを見て彼は紹興酒のグラスを持ち上げ、1つをわたしに持たせ、言う。
「では乾杯だ。ぼくらの劇団の成功を祈って」
「乾杯」わたしも応じる。「若い男役者に」

(「三谷幸喜」ordered by 花おり-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題42】蟻2008/01/07 15:33:01

「蟻」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
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作品の最後に
(「蟻」ordered by shirok-san/text by あなたのペンネーム)
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◇ なぜわたしは黙るのか

 もしこれで常温超伝導を研究しているとか、遺伝子マップを研究しているとか言えばそれなりに場は盛り上がるに違いない。理論物理学で宇宙の研究をしているなんて言うのも食い付きが良さそうだ。あるいは文化人類学とか犯罪心理学とかでも話は弾むに違いない。でもわたしが研究テーマを告げると微妙な間合いが生じる。

「蟻、ですか?」
「蟻です」

 そして不可解な沈黙が訪れる。どちらかが次の一言を口にするのを待ってしまうのだ。お互いに譲り合ううちポテンヒットになってしまう野手たちのような、礼儀正しくも、気まずい沈黙。わたしが話を続けるべきなのだろうが、そういう時、何を言ったらいいのかわからない。苦手なのだ。聞かれれば答えられるが、相手が望んでいるかいないかわからない話をするなんてわたしにはできない。聞いてくれさえすれば蟻について語ることは無限にある。きっとあなたが興味を持つような話もできるはずだ。でも誰も何も聞いてくれない。そこにあるのはエアポケットのような一瞬だ。

 なぜそのような間が生じるのか。遺伝子とか犯罪心理学といえば、相手は何か関心を示すはずだ。少なくとも「それってどんなことを研究するんですか」と聞くだろう。ところが蟻の場合、それがない。蟻という単語が短すぎるのが原因なのだろうか。蟻における社会構造研究とか、蟻のコミュニケーション理論とか、言えばいいのだろうか。たぶん、そうではない。人々は蟻を研究すると言うことがあまりまじめな行為ではないように感じるらしいのだ。

 質問。蟻の研究は不真面目な行為なのか?

 とんでもない! 例えば蟻は人間以外に唯一牧畜をする生物だ。蟻の巣は全生物の中でも最も長い歴史を持つ完成された建造物のひとつだ。蟻の集団思考とでも呼ぶべきものはコミュニケーションの本質に古くて新しい光を当てるはずだ。蟻の研究からしか得られない知見や洞察があるからこそ研究しているのだ。

 でも人々はそうは思ってくれない。微笑みを浮かべて「蟻、ですか?」というその表情には、どことなくわたしが「うそだっぴょーん!」と続けるのを期待していることを感じさせるものがある。冗談だと思うらしいのだ。そしてそれが冗談ではないらしいとなると、次に続ける言葉がないことに気づくのだ。人々は、蟻について何を質問すればいいのか思いつかない。恐らく最も身近な生き物のはずなのに。子どものころから踏んづけたり観察したりしてきているはずなのに!

 だから最近わたしは小さく「なんてね」とつけるようになった。蟻です。なんてね。「うそだっぴょーん」だと、蟻の研究をしていないことになってしまう。「なんてね」でも効果は同じなのだが、わたしの中では少なくとも事実はゆがめていない。みるみる相手は安心した表情になり、わたしを面白いジョークを言う人とみなし、以後、会話が弾むことになる。そしてわたしは可愛い蟻たちのことを思い少し胸が痛むことになる。

 だから彼女と初めて出会ったときも「蟻です。なんてね」と言った。すると彼女は「蟻を研究していないんですか?」と尋ねた。「研究しています」と答えると「じゃあなんで『なんてね』なんてつけるんですか」と食い下がってきた。だからいままで話したようなことを説明すると大きくうなずきながら「聞いているだけで胸が痛みます」と言った。その途端にわたしは恋に落ちてしまった。だからせっかく蟻について根掘り葉掘り聞いてくれる相手が現れたのに、やっぱりわたしは口をきくことができないのだった。

(「蟻」ordered by shirok-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題43】ポストイット2008/01/09 07:18:19

「ポストイット」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
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(「ポストイット」ordered by sachiko-san/text by あなたのペンネーム)
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◇ 幸を呼ぶ魔法のキット

さあ貼ろうポストイット
宇宙にさわれそうに晴れわたるこの青空に
後悔の念はちょびっと
世界一高い山のてっぺんでふく大ボラに

これは気に入った場所につけるブックマーク
大好きな君と出かけた場所にくまなく
大志を抱けと少年にいったのはクラーク
ぼくらの前には禁断の地さえも柵があく

さあ貼ろうポストイット
大地の恵み育ちあふれるこの野良に
気づいてくれるさ、あいつもきっと
何でもない風景を彩る祠(ほこら)に

何度でも訪れたい場所にブックマーク
病めるからだと心を癒す湯が沸く
笑いと歓声が絶えずわき起こるパーク
ぼくらの心と心が触れスパーク

さあ貼ろうポストイット
フラットなくせにとてもソリッド
共に歩む陽気なホビット
果てなき冒険にも時にコミット

さあ貼ろうポストイット
愉快なだけじゃない、時にはドキッと
幸を呼ぶ魔法のキット
無限の歓喜の単位はわずかキロビット

(「ポストイット」ordered by sachiko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題44】帰り道2008/01/09 07:19:05

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(「帰り道」ordered by helloboy-san/text by あなたのペンネーム)
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◇ 声の手紙

 ハロー、ハロー。こんにちは。聞こえますか? ちゃんとうまく録音されていればいいんだけど。前にも一度やっちゃったことがあってね。46分テープの片面が終わるまで延々しゃべって、終わったら何も入ってなくて。録音ボタン押さずにただ再生ボタン押してたらしいんだよね。そういうの、教えてくれればいいのに、気がきかないんだから。

 ま、そんなことはおいといて。ええっと。これは未来のみなさんに向けて録音しています。イメージは100年後くらいのぼくくらいの年齢の人です。あっ。ぼくはいま17歳です。えっと、つまり10代の人に向けて録音を、こうやって、しています。あれっ? 100年後にカセットテープって聞けなくなったりしてないよね? 大丈夫だよね。

 えっと。なんで100年後のみなさんにこういうのを録音しているかというと、さっきお風呂に入っていて急に聞きたいことができたからです。たぶん100年後の世界はいまよりずっと良くて、お風呂に入っていてお湯が冷めてもすぐにあったかくできたり、すきま風なんかなかったりするんじゃないかと思ったからです。戦争とかもなくなっているだろうし、公害なんかも解決しているんだろうし、石油ショックみたいなことももう起こらなくなっているんだろうし。みんなお金持ちでね。ひょっとすると癌なんかももう治療できるようになっていて、こわい病気なんて何も残っていなかったりするんじゃないかとも思います。不老不死は無理でもきっとピンピンして長生きしているんでしょうね。

 それから片思いみたいなもんはどうなっているのかな、なんて思ったわけです。すっごく面倒くさいんです。1979年の日本では。片思いみたいなもんは。あれっ? 日本ってまだあるよね。なかったりするのかな。みんな国連みたいになっちゃったりして。じゃあ念のために説明しておくと、ぼくはいま日本という国に住んでいます。場所は、ええっと、中国とか韓国の近くで。あれっ? 中国とか韓国とかもなくなっているかな。ええっと。そうだ。太平洋の、西のはじっこにある、弓なり型の、列島があって、それが日本です。太平洋はまだあるよね? 埋め立てられたりしていないよね?

 それからあの、性欲というか、性的欲望というか、マスターベーションとかはどうなっているのかも聞きたいです。「マスをかく」とか「せんずり」とかってまだ言ってますか? それからその時は自分でするのか、何か機械みたいなものでうまいことやっちゃうのかなって。それって気持ちいいですか? その時はやっぱりエッチなことを考えているのか、てきぱき機械的に処理しちゃっているのかそのへんのところを知りたいです。

 えっと。そういうことも聞きたいんですが、もっといろいろ他にもいっぱい聞きたいことがあるなあって思って録音を始めました。始めたんです。ええっと。あの、おばけってどうなりましたか? 正体はわかりましたか? 幽霊とか。あとUFOがどういうことになったかも知りたいです。それとやっぱり死ぬのはこわいですか? さっきひとりでお風呂に浸かっていたら、死ぬことについていろいろ考えてしまいました。そういうのってまだやっぱり考えるのかな。もう解決しちゃっているのかな。死後の世界とかそういうの。

 それからええっと。そうだ。どんな服を着ていますか? TシャツとかGパンってまだありますか? ぼくはTシャツとGパンがわりと好きです。寒くなるとワークシャツっていうのを上に着たりします。最近はダンガリーのシャツがお気に入りです。あと冬はダッフルコートというのを着ます。そういうのってまだありますか? いまはやっている服があったら教えてください。

 あれっ? 教えてくださいって言うのもヘンかな。100年後に17歳の人は、えっと、83年後に生まれるんだよね。そのときぼくは、あっ。ちょうど100歳だ。というか死んでるか。というかそのころはもう100歳くらいまで生きているのは当たり前になっているのかな。とにかくみなさんはまだ生まれてもいないんだよね。そうか。83年先にならないと生まれてこないんだ。そうか。

 生まれてくる前ってどんな感じですか? というか、ひょっとするとまだ生きてたりしてね。生まれ変わる前の別の人生を生きてたりして。意外とぼくの近くにいるんだったりして。あれっ? そうするとぼくが100歳で死んで生まれ変わったらこのテープを聴くかも知れないんだ。ぼくが。なんかよくわからなくなってきたけど、それってどういうことかな。つまりぼくは死んで、いったん生まれる前の世界に帰っていくってことかな。

 ふうん。

 そういうのってちょっと面白いなと思います。死んでどこかに消えてしまうんじゃなくて、来たところに帰っていくっていうのって。そうか。そっちでもそんな風に考えていますか? ぼくはなんとなく納得しちゃいました。そう。ぼくはいまそこから出てきたばかりだし、見方を変えると長い長い帰り道の途上にあるんだ。

(「帰り道」ordered by helloboy-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題45】お題2008/01/10 09:37:51

「お題」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「お題」ordered by tara-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ Live and let die

お題ちょうだい冬ダイダイ
やりたい放題三兄弟
縁台の演台で遠大な演題
どんなもんだい青葉台
話題集める日本医大

三大テノール声、雄大
「当代きって」はやや誇大
酒代払えず実験台
荷台にくくられバカ一代
お代は先代が戻り次第

現代アートと無限大
名代の大御所立つ指揮台
エサ代よこせと言う番台
代々伝わるその鏡台
所場代がわりの式次第

高台で出すゴミ粗大
ジェダイが抱える重い課題
過大な期待にI wanna die
「そんなのやだい」と逃げる世代
菩提も試してみるヘアダイ

多大な犠牲を払う古代
真鯛の魚拓は等身大
駿台予備校もただ踏み台
例題に出るグーリンダイ
本題見えずに終わる次第

(「お題」ordered by tara-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)