◇ 森 ― 2009/07/14 09:23:24
こっそり部屋に持ち込もう。小さな森を持ち込もう。
どちらが先に言い出したのか、それが二人の合い言葉になった。彼が小さな鉢植えを持ち込み、彼女が、それ、こっそりのつもり?とダメ出しをする。そういう彼女も木製のテーブルを購入し、それを見た彼は、おいおい堂々とし過ぎだろうとたしなめる。だって仕方がないでしょう? テーブルなしで暮らすわけにいかないんだから。
それもそうだ、ということになり、大物は早めに揃えてしまうことにする。アカマツのクローゼットを買い、ナラ材の仕事机と椅子を入れ、ヒノキの丸太椅子を据え、ベランダにプランターを並べたり、木製のガーデニングテーブル&チェアのセットを置いたりするのは、あえて二人で「堂々と」行い、それから再び「こっそり」持ち込むことにする。
彼が買った木曽サワラのコップは、バレバレ!と一蹴され、彼女がかなり自信を持って持ち込んだ四万十ヒノキのまな板は、テーブルの上にうっかり取扱説明書を置いていたばかりにすぐに露見してしまった。いずれ生まれてくる子どものためにと称して彼が見つけて来た積み木のセットは、十種類もの木を使ったぬくもりのある素敵なもので、子ども好きな彼女をいたく感動させはしたけれど、やはりバレバレであることに変わりはなかった。ニレを使った印鑑ケースは数日ひっそりと目立たずにいたが、それも請求書に判を押すために彼が引き出しをあけるまでのことだった。
拾って来た流木をタオル掛けに使ったのは彼女だった。これは最初なかなか気づかれなかった。なにしろ流木を拾ったのは海岸である。森からやって来た、というよりも、海からやって来たイメージがあったため、彼はなかなか気づかなかったのだ。ある朝彼が、洗面所で歯を磨きながら、今度はどこに何を持ち込もうかと物色している時に、偶然タオル掛けに目をとめ、はじめて、それが森からやってきたものだということに気がついた。
やられた!と叫んで笑い話にすれば良かったのだが、この日たまたま彼は虫の居所が悪かった。このところ、職場のサディスティックな上司から、ねちねちと嫌味を言われ続け、いつもならしないようなミスを連発してしまい、職場での立場も悪くなりつつあった。会社になんか行きたくないとまで思っていた。買い物にでも行って、彼女が絶対に気づかないような森を持ち込もうと思っていた。そんなタイミングでタオル掛けに気づいたのだ。
ずるいな、というのが彼の感想だった。これはひっかけ問題じゃないか。森というよりは海のものじゃないか。これでこっそり持ち込めたと思って勝ち誇っているのか。そっちがそういうやり方をするなら、こっちだってやりたいようにやるさ。
ふだんの彼はこんな意地の悪い考え方をする男ではない。でも、この時は違った。男は黙って歯を磨き終え、タオル掛けに気づいたことに触れもせず、むっつりとスーツを着て、テーブルに用意された弁当の包みを黙ってカバンに納め、会社に出かけた。その日彼はキーホルダーを変えた。モリゾーとキッコロのついたキーホルダーだ。けれど彼はそれをカバンから出さなかった。
翌日はシステムノートの中身をすべて国産パルプ紙使用のものに取り替えた。まだ8月なのに! そしてもちろんそのノートもカバンにしまったままだった。こっそり持ち込んでいるぞ。ほら、気づかないだろう。彼女がタオル掛けに気づいて欲しそうにしているのを見るたび、彼は目をそらし、今度は何を家に持ち込もうかと策を練った。ねえ、と彼女が言う。何、ぶっきらぼうに彼は答える。どうしたの? どうしたの、って何が。おかしいよ、最近。そうか? 何かあったの、会社で……。関係ない! 自分でも意外なほど大きな声で彼は否定する。だって……。彼女が怯えているのを見て、可哀想に思いながらもなぜか素直になることができない。だから、ついきつい口のきき方になる。だって、何? 彼女は黙ってしまう。彼ももう何も言うことがないのに気づく。
こっそり部屋に持ち込もう。小さな森を持ち込もう。
そんな言葉は、もう忘れられてしまったかのように、家の中には変化がなくなる。ふたりともむっつりして、必要なこと以外口をきかなくなる。こうなってはもう、彼もいまさら流木のタオル掛けに気づいたふりをすることもできない。きっと彼女はとっくに気づいていたに違いない。彼がタオル掛けのことを知っていて無視していたことを。
ある日会社の帰りに、彼は店に立ち寄ろうとする。それは以前、二人でよく買い物に来た店だった。でももうすぐ着くというタイミングで、彼女が店から出てくるのを見て、思わず足を止めてしまう。彼女は最近見せたことのないような笑顔を浮かべて、戸口まで送りに来た店主と挨拶している。彼はくるりと背を向けて、もう一軒の別な店をめざす。
買い物を終えて家に帰ると、彼女はいつものように四万十ヒノキのまな板に向かってキャベツをきざんでいる。男は買って来たばかりの香り玉がやはりヒノキ製だなと思いながら、それを鉢植えの裏のあたりに隠す。財布や定期入れを置くついでなのでばれるはずがない。もう、後、何カ所かに置こう。洗面所に置ける場所はあるかな? トイレの上の棚の中にしようか。
振り向くと、彼女がこちらを見ていた。悪いことをしている所を見つかったような気分になって彼はどぎまぎする。すると彼女は木でできた椀と皿を机に置き、これ、買って来ちゃった、と言う。何? 彼はまだわからない。こっそり持ち込むんじゃないのかよ。どうしてそれ、言っちゃうの? だって。彼女はうつむき、それから思い切って言う。もう、そういうことしないのかと思ったから。ええ? 鈍い男はまだ気がつかない。どうしてそう思うの? だって。
彼は思わず鉢植えの裏の香り玉を取り出して、言ってしまう。おれ、まだやってるのに。ほら、これ、香り玉。ヒノキの香りのする丸い玉を彼女がそっと手に取る。それにこれ。彼がポケットから取り出したのはモリゾーとキッコロのキーホルダーだ。彼女は吹き出し、笑顔を見せる。
で、何なの、それ? 安心した鈍い鈍い男が言う。ずいぶん、小さくね? そこまで口に出してはじめて彼は気づく。え? あ? そうなの? マジ? おめでた? あーあ、隠しておけば良かった。彼女は微笑みを浮かべたまま答える。そう、ベビ−食器。
ひとしきり大騒ぎした後で、ふたりはソフトドリンクで乾杯し、一緒に食事を食べ終える。おれがやるからと言いながら、彼が手際悪く食器を洗う。改めて腰を落ち着けてから、彼は尋ねる。どうしてこっそり持ち込まなかったの、これ。桜の木でできたベビー食器はテーブルの中央にまるで上等な花器のように飾られている。だって。と彼女は言う。最近冷たかったじゃない。冷たかったんじゃないよ、と彼は言いながら、軽口を飛ばす。久しぶりの軽口を飛ばす。平熱が低い男なだけだよ。ばか。彼女が笑い、さっきの香り玉を掌に転がす。香り玉の匂いは、買って来たばかりの頃のまな板の匂いと同じだ。
(「平熱が低い男」ordered by ariestom-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
どちらが先に言い出したのか、それが二人の合い言葉になった。彼が小さな鉢植えを持ち込み、彼女が、それ、こっそりのつもり?とダメ出しをする。そういう彼女も木製のテーブルを購入し、それを見た彼は、おいおい堂々とし過ぎだろうとたしなめる。だって仕方がないでしょう? テーブルなしで暮らすわけにいかないんだから。
それもそうだ、ということになり、大物は早めに揃えてしまうことにする。アカマツのクローゼットを買い、ナラ材の仕事机と椅子を入れ、ヒノキの丸太椅子を据え、ベランダにプランターを並べたり、木製のガーデニングテーブル&チェアのセットを置いたりするのは、あえて二人で「堂々と」行い、それから再び「こっそり」持ち込むことにする。
彼が買った木曽サワラのコップは、バレバレ!と一蹴され、彼女がかなり自信を持って持ち込んだ四万十ヒノキのまな板は、テーブルの上にうっかり取扱説明書を置いていたばかりにすぐに露見してしまった。いずれ生まれてくる子どものためにと称して彼が見つけて来た積み木のセットは、十種類もの木を使ったぬくもりのある素敵なもので、子ども好きな彼女をいたく感動させはしたけれど、やはりバレバレであることに変わりはなかった。ニレを使った印鑑ケースは数日ひっそりと目立たずにいたが、それも請求書に判を押すために彼が引き出しをあけるまでのことだった。
拾って来た流木をタオル掛けに使ったのは彼女だった。これは最初なかなか気づかれなかった。なにしろ流木を拾ったのは海岸である。森からやって来た、というよりも、海からやって来たイメージがあったため、彼はなかなか気づかなかったのだ。ある朝彼が、洗面所で歯を磨きながら、今度はどこに何を持ち込もうかと物色している時に、偶然タオル掛けに目をとめ、はじめて、それが森からやってきたものだということに気がついた。
やられた!と叫んで笑い話にすれば良かったのだが、この日たまたま彼は虫の居所が悪かった。このところ、職場のサディスティックな上司から、ねちねちと嫌味を言われ続け、いつもならしないようなミスを連発してしまい、職場での立場も悪くなりつつあった。会社になんか行きたくないとまで思っていた。買い物にでも行って、彼女が絶対に気づかないような森を持ち込もうと思っていた。そんなタイミングでタオル掛けに気づいたのだ。
ずるいな、というのが彼の感想だった。これはひっかけ問題じゃないか。森というよりは海のものじゃないか。これでこっそり持ち込めたと思って勝ち誇っているのか。そっちがそういうやり方をするなら、こっちだってやりたいようにやるさ。
ふだんの彼はこんな意地の悪い考え方をする男ではない。でも、この時は違った。男は黙って歯を磨き終え、タオル掛けに気づいたことに触れもせず、むっつりとスーツを着て、テーブルに用意された弁当の包みを黙ってカバンに納め、会社に出かけた。その日彼はキーホルダーを変えた。モリゾーとキッコロのついたキーホルダーだ。けれど彼はそれをカバンから出さなかった。
翌日はシステムノートの中身をすべて国産パルプ紙使用のものに取り替えた。まだ8月なのに! そしてもちろんそのノートもカバンにしまったままだった。こっそり持ち込んでいるぞ。ほら、気づかないだろう。彼女がタオル掛けに気づいて欲しそうにしているのを見るたび、彼は目をそらし、今度は何を家に持ち込もうかと策を練った。ねえ、と彼女が言う。何、ぶっきらぼうに彼は答える。どうしたの? どうしたの、って何が。おかしいよ、最近。そうか? 何かあったの、会社で……。関係ない! 自分でも意外なほど大きな声で彼は否定する。だって……。彼女が怯えているのを見て、可哀想に思いながらもなぜか素直になることができない。だから、ついきつい口のきき方になる。だって、何? 彼女は黙ってしまう。彼ももう何も言うことがないのに気づく。
こっそり部屋に持ち込もう。小さな森を持ち込もう。
そんな言葉は、もう忘れられてしまったかのように、家の中には変化がなくなる。ふたりともむっつりして、必要なこと以外口をきかなくなる。こうなってはもう、彼もいまさら流木のタオル掛けに気づいたふりをすることもできない。きっと彼女はとっくに気づいていたに違いない。彼がタオル掛けのことを知っていて無視していたことを。
ある日会社の帰りに、彼は店に立ち寄ろうとする。それは以前、二人でよく買い物に来た店だった。でももうすぐ着くというタイミングで、彼女が店から出てくるのを見て、思わず足を止めてしまう。彼女は最近見せたことのないような笑顔を浮かべて、戸口まで送りに来た店主と挨拶している。彼はくるりと背を向けて、もう一軒の別な店をめざす。
買い物を終えて家に帰ると、彼女はいつものように四万十ヒノキのまな板に向かってキャベツをきざんでいる。男は買って来たばかりの香り玉がやはりヒノキ製だなと思いながら、それを鉢植えの裏のあたりに隠す。財布や定期入れを置くついでなのでばれるはずがない。もう、後、何カ所かに置こう。洗面所に置ける場所はあるかな? トイレの上の棚の中にしようか。
振り向くと、彼女がこちらを見ていた。悪いことをしている所を見つかったような気分になって彼はどぎまぎする。すると彼女は木でできた椀と皿を机に置き、これ、買って来ちゃった、と言う。何? 彼はまだわからない。こっそり持ち込むんじゃないのかよ。どうしてそれ、言っちゃうの? だって。彼女はうつむき、それから思い切って言う。もう、そういうことしないのかと思ったから。ええ? 鈍い男はまだ気がつかない。どうしてそう思うの? だって。
彼は思わず鉢植えの裏の香り玉を取り出して、言ってしまう。おれ、まだやってるのに。ほら、これ、香り玉。ヒノキの香りのする丸い玉を彼女がそっと手に取る。それにこれ。彼がポケットから取り出したのはモリゾーとキッコロのキーホルダーだ。彼女は吹き出し、笑顔を見せる。
で、何なの、それ? 安心した鈍い鈍い男が言う。ずいぶん、小さくね? そこまで口に出してはじめて彼は気づく。え? あ? そうなの? マジ? おめでた? あーあ、隠しておけば良かった。彼女は微笑みを浮かべたまま答える。そう、ベビ−食器。
ひとしきり大騒ぎした後で、ふたりはソフトドリンクで乾杯し、一緒に食事を食べ終える。おれがやるからと言いながら、彼が手際悪く食器を洗う。改めて腰を落ち着けてから、彼は尋ねる。どうしてこっそり持ち込まなかったの、これ。桜の木でできたベビー食器はテーブルの中央にまるで上等な花器のように飾られている。だって。と彼女は言う。最近冷たかったじゃない。冷たかったんじゃないよ、と彼は言いながら、軽口を飛ばす。久しぶりの軽口を飛ばす。平熱が低い男なだけだよ。ばか。彼女が笑い、さっきの香り玉を掌に転がす。香り玉の匂いは、買って来たばかりの頃のまな板の匂いと同じだ。
(「平熱が低い男」ordered by ariestom-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
◇ 春が来た。 ― 2009/03/17 22:51:38
な、な、奈落の底めざせ。
り、り、輪廻の果てまでも。
た、た、たちまち舞い上がれ。
く、く、雲の上までも。
う、う、烏合の衆たちよ。
こ、こ、これでもくらわんか。
う、う、運命の旅の空。
な、な、情けはないわいな。
り、り、理想のひと前にして。
た、た、足りぬは我が頭。
く、く、苦戦を重ねたよ。
う、う、嘘を塗り重ね。
こ、こ、子どもだましだね。
う、う、ウラハラな想い。
な、な、なんだか浮ついて。
り、り、理念で語るじゃない。
た、た、たまたま聞きつけて
く、く、苦労を買ってみた。
う、う、うんざりさせられた。
こ、こ、こんなのもういやだ。
う、う、宇宙へ飛び出そう。
な、な、なんでもあの人が。
り、り、立派になったので、
た、た、松明掲げつつ、
く、く、蔵を建てましょう。
う、う、梅干しつけましょう。
こ、こ、子どもも作りましょう。
う、う、憂いをなくしましょう。
成田空港に春が来た。
成田空港に春が来た。
(「成田空港」ordered by 編集S-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
り、り、輪廻の果てまでも。
た、た、たちまち舞い上がれ。
く、く、雲の上までも。
う、う、烏合の衆たちよ。
こ、こ、これでもくらわんか。
う、う、運命の旅の空。
な、な、情けはないわいな。
り、り、理想のひと前にして。
た、た、足りぬは我が頭。
く、く、苦戦を重ねたよ。
う、う、嘘を塗り重ね。
こ、こ、子どもだましだね。
う、う、ウラハラな想い。
な、な、なんだか浮ついて。
り、り、理念で語るじゃない。
た、た、たまたま聞きつけて
く、く、苦労を買ってみた。
う、う、うんざりさせられた。
こ、こ、こんなのもういやだ。
う、う、宇宙へ飛び出そう。
な、な、なんでもあの人が。
り、り、立派になったので、
た、た、松明掲げつつ、
く、く、蔵を建てましょう。
う、う、梅干しつけましょう。
こ、こ、子どもも作りましょう。
う、う、憂いをなくしましょう。
成田空港に春が来た。
成田空港に春が来た。
(「成田空港」ordered by 編集S-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
Sudden Fiction Projectインデックス(第3期) ― 2009/03/08 08:36:59
mixi利用者の方にしか意味がない情報ですが、
第3期が順調に動いていることをお知らせすべく
インデックスを公開します。
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オーダーシート
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お題(ご注文日) 作品タイトル(アップ日)
「名残」(7/12) ◇フェイド・アウト(12/1)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=640376124&owner_id=17911
「悪口」(7/12) ◇褒め言葉(12/2)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=641388677&owner_id=17911
「あと3cm」(2/9) ◇一寸法師(2/10)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1076886661&owner_id=17911
「懐かしい未来」(2/10) ◇新国□美□館にて(2/11)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1077917325&owner_id=17911
「ストレート」(2/27) ◇ストレート、ストレート、ストレート(3/1)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1095074173&owner_id=17911
--205--
「cross road」(2/27) ◇聖地巡礼(3/2)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1095950645&owner_id=17911
「女だらけ/男だらけ」(2/27) ◇証拠物件(3/3)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1097194110&owner_id=17911
「Sorry, French prostitute」(2/28) ◇SFP in SFP(3/4)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1098075470&owner_id=17911
「締切り」(2/28) ◇あとかたづけ(3/5)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1099514016&owner_id=17911
「リストランテ」(2/28) ◇神話の時代(3/6)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1100505193&owner_id=17911
--210--
「シャーロックホームズ」blog(3/1) ◇指名手配の男(3/7)
http://hiro17911.asablo.jp/blog/2009/03/07/4158561
「ザ・グレンリベット15年」(3/1)
「旅の終わり」(3/1)
「鰻姉妹」(3/1)
「仮釈放」(3/6)
--215--
「成田空港」(3/8)
第3期が順調に動いていることをお知らせすべく
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お題(ご注文日) 作品タイトル(アップ日)
「名残」(7/12) ◇フェイド・アウト(12/1)
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「悪口」(7/12) ◇褒め言葉(12/2)
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「あと3cm」(2/9) ◇一寸法師(2/10)
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「懐かしい未来」(2/10) ◇新国□美□館にて(2/11)
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「ストレート」(2/27) ◇ストレート、ストレート、ストレート(3/1)
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--205--
「cross road」(2/27) ◇聖地巡礼(3/2)
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「女だらけ/男だらけ」(2/27) ◇証拠物件(3/3)
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「Sorry, French prostitute」(2/28) ◇SFP in SFP(3/4)
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「締切り」(2/28) ◇あとかたづけ(3/5)
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「リストランテ」(2/28) ◇神話の時代(3/6)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1100505193&owner_id=17911
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「シャーロックホームズ」blog(3/1) ◇指名手配の男(3/7)
http://hiro17911.asablo.jp/blog/2009/03/07/4158561
「ザ・グレンリベット15年」(3/1)
「旅の終わり」(3/1)
「鰻姉妹」(3/1)
「仮釈放」(3/6)
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「成田空港」(3/8)
◇ 指名手配の男 ― 2009/03/07 18:46:48
熱烈なホームジアン(アメリカ風に言うならばシャーロキアン)ならば、あるいはこの気持を理解してもらえるのではなかろうか。4つの長編と56の短編以外にもホームズに活躍してほしいと。彼とワトソンとの会話を聞きたい。そしてワトソンを辟易させるような化学実験やコカイン癖などの奇癖に関するエピソードを知りたい。あるいは、秘めた思いを込めてヴァイオリンを演奏する孤独な姿に触れたいと。いやいや。もっと単純に、超能力としか思えないあの卓抜した推理をひとつでも二つでも多く聞かせてほしいと。
わたしが『指名手配の男』を書いたのはまさにそういう理由からであった。当時まだサー・アーサー・コナン・ドイルはシャーロック・ホームズシリーズを書き続けていたが、『帰還』以降はいやいや書いているのがはっきりわかった。そう遠からずまたホームズを殺すか、失踪させるのは間違いないと思われた。聞く所によると要するにサーは、あのくだらないSF物や冒険物を書きたいらしいのだ。そしてホームズを書くことに飽き飽きしているから殺したいらしいのだ。そんな馬鹿げた話があるか?
もしサー・アーサー・コナン・ドイルがこれ以上ホームズ物を書きたくないというのなら、わたしが代わりに書いてもいい。そう思いついた。そうだ。読みたいものは自分で書くしかない。それをサー・アーサー・コナン・ドイルが認めてくれさえすれば、晴れてサーはくだらないチャレンジャー博士シリーズを書き続け、同時にシャーロック・ホームズシリーズも世の中に出し続けることができる。
アイデアは次々と湧いてきた。最初の作品が『指名手配の男』だ。人間がまるで神隠しのように消え失せてしまったら。そしてホームズが目の前で犯人に逃げられてしまったら。そんなシチュエーションに置かれたらプライドの高いホームズはどうするだろう。そしてどのように解決するだろう。
そこで考えたのがこういうプロットだ。スコットランドヤードの依頼で、大西洋航路を渡ってくる指名手配犯を待ち受けるホームズ。けれども脱出不能のはずの船上から犯人はこつ然と姿を消してしまう。指名手配の男は船の上にまだいるか、最初からいなかったかのどちらかしかない。そして乗船したことは間違いない。
書き上げたわたしは、自分で言うのも恥ずかしいが、これはまさしくシャーロックホームズシリーズの中の1篇だと感じた。わたしはカーボンコピーを取りながらタイプを打ち、サー・アーサー・コナン・ドイルに共著名義で出さないかと持ちかけた。サーの返事は共著はいやだ、プロットを10ギニーで買い取るという物だった。10ギニーは受け取ったが、結局サーはそれをリライトもしなかったし、いかなる形でも作品にしようとしなかった。ホームズものなんか全然書きたくなかったのだ。そう気づいてわたしはまた次の作品を書いた。その出来は『指名手配の男』をはるかに上回る物だった。サー自身の手になる作品としか思えなかった。
その作品に対する反応は違った。そのまま使うので100ギニー払う。ただしこのことは絶対に他言無用とのことだった。次の作品も。その次の作品も。1948年に誰かおせっかいな人間が『指名手配の男』の原稿を見つけて61番目のシャーロックホームズものとして発表した時、わたしは思った。この作品は10ギニーしか貰っていない。他言無用とも言われていない。だからそれがわたしの作品だということを公表しよう。そうすればあるいは、『事件簿』に収録されている作品の半数以上がわたしの作品だということに誰かが気づいてくれるかもしれないから。
(「シャーロックホームズ」ordered by 編集S-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
わたしが『指名手配の男』を書いたのはまさにそういう理由からであった。当時まだサー・アーサー・コナン・ドイルはシャーロック・ホームズシリーズを書き続けていたが、『帰還』以降はいやいや書いているのがはっきりわかった。そう遠からずまたホームズを殺すか、失踪させるのは間違いないと思われた。聞く所によると要するにサーは、あのくだらないSF物や冒険物を書きたいらしいのだ。そしてホームズを書くことに飽き飽きしているから殺したいらしいのだ。そんな馬鹿げた話があるか?
もしサー・アーサー・コナン・ドイルがこれ以上ホームズ物を書きたくないというのなら、わたしが代わりに書いてもいい。そう思いついた。そうだ。読みたいものは自分で書くしかない。それをサー・アーサー・コナン・ドイルが認めてくれさえすれば、晴れてサーはくだらないチャレンジャー博士シリーズを書き続け、同時にシャーロック・ホームズシリーズも世の中に出し続けることができる。
アイデアは次々と湧いてきた。最初の作品が『指名手配の男』だ。人間がまるで神隠しのように消え失せてしまったら。そしてホームズが目の前で犯人に逃げられてしまったら。そんなシチュエーションに置かれたらプライドの高いホームズはどうするだろう。そしてどのように解決するだろう。
そこで考えたのがこういうプロットだ。スコットランドヤードの依頼で、大西洋航路を渡ってくる指名手配犯を待ち受けるホームズ。けれども脱出不能のはずの船上から犯人はこつ然と姿を消してしまう。指名手配の男は船の上にまだいるか、最初からいなかったかのどちらかしかない。そして乗船したことは間違いない。
書き上げたわたしは、自分で言うのも恥ずかしいが、これはまさしくシャーロックホームズシリーズの中の1篇だと感じた。わたしはカーボンコピーを取りながらタイプを打ち、サー・アーサー・コナン・ドイルに共著名義で出さないかと持ちかけた。サーの返事は共著はいやだ、プロットを10ギニーで買い取るという物だった。10ギニーは受け取ったが、結局サーはそれをリライトもしなかったし、いかなる形でも作品にしようとしなかった。ホームズものなんか全然書きたくなかったのだ。そう気づいてわたしはまた次の作品を書いた。その出来は『指名手配の男』をはるかに上回る物だった。サー自身の手になる作品としか思えなかった。
その作品に対する反応は違った。そのまま使うので100ギニー払う。ただしこのことは絶対に他言無用とのことだった。次の作品も。その次の作品も。1948年に誰かおせっかいな人間が『指名手配の男』の原稿を見つけて61番目のシャーロックホームズものとして発表した時、わたしは思った。この作品は10ギニーしか貰っていない。他言無用とも言われていない。だからそれがわたしの作品だということを公表しよう。そうすればあるいは、『事件簿』に収録されている作品の半数以上がわたしの作品だということに誰かが気づいてくれるかもしれないから。
(「シャーロックホームズ」ordered by 編集S-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
SFPお題、承ります! ― 2009/02/27 23:13:11
さあ!
Sudden Fiction Project(第3期)のお題募集を開始します。
3/1から連日1日1作ペースで書きまくろうと思っていますので、
どうかみなさん遠慮なく次から次へとお題を投げてくださいませ。
次から次へと書き上げてあなただけの小作品をプレゼントいたします。
通算300作品に到達するまで脇目もふらず書きまくります。
出血大サービス大盤振る舞いの大放出大会です。
お題は頂戴してもお代は頂戴しない、
いつもながらのシステムですのでご安心を!
こう書くと、いろんな仕事から解放されて
のびのび羽を伸ばしているみたいですが、実はその真逆です。
とっくに終わっているべき仕事がどんどんスケジュールがずれ込み
なんだか打ち合わせが無意味に険悪になったりするような仕事が
一つ二つではないという、まれに見るどん底どん詰まり状況です。
こういうときはね、もうね、やるしかないんです。
脳みその大攪乱を起こすしかないんです。
というわけではっきり言って燃えてます。
同様な募集をmixiでもやりますが、
mixiで受けたお題はmixiで、
ブログで受けたお題はブログで発表します。
どちらでもお好きな方をご利用ください。
Sudden Fiction Project(第3期)のお題募集を開始します。
3/1から連日1日1作ペースで書きまくろうと思っていますので、
どうかみなさん遠慮なく次から次へとお題を投げてくださいませ。
次から次へと書き上げてあなただけの小作品をプレゼントいたします。
通算300作品に到達するまで脇目もふらず書きまくります。
出血大サービス大盤振る舞いの大放出大会です。
お題は頂戴してもお代は頂戴しない、
いつもながらのシステムですのでご安心を!
こう書くと、いろんな仕事から解放されて
のびのび羽を伸ばしているみたいですが、実はその真逆です。
とっくに終わっているべき仕事がどんどんスケジュールがずれ込み
なんだか打ち合わせが無意味に険悪になったりするような仕事が
一つ二つではないという、まれに見るどん底どん詰まり状況です。
こういうときはね、もうね、やるしかないんです。
脳みその大攪乱を起こすしかないんです。
というわけではっきり言って燃えてます。
同様な募集をmixiでもやりますが、
mixiで受けたお題はmixiで、
ブログで受けたお題はブログで発表します。
どちらでもお好きな方をご利用ください。
3月1日から第3期スタートします。 ― 2009/02/15 22:58:09
というわけで、間もなくお題も募集しますが、
気分的に「もらったらすぐ書く」という感じでやりたいので、
募集開始は2月末が迫ってから。たぶん2/28にお題募集します。
発表はmixiで、と思いつつ、
第3期はここで発表してもいいかなとも思いつつ。
両方に貼りにくるのは面倒くさいなあと思いつつ。
そのあたりの方針を半月かけて考えます。
風雲急を告げてる感じ。特に意味なし。→
気分的に「もらったらすぐ書く」という感じでやりたいので、
募集開始は2月末が迫ってから。たぶん2/28にお題募集します。
発表はmixiで、と思いつつ、
第3期はここで発表してもいいかなとも思いつつ。
両方に貼りにくるのは面倒くさいなあと思いつつ。
そのあたりの方針を半月かけて考えます。
風雲急を告げてる感じ。特に意味なし。→
【お題100】魔女 ― 2008/04/22 21:54:52
「魔女」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「魔女」ordered by オネエ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ 近所に魔女がやってきた
ついこの間まで誰も住んでいなかったのに、新学期が始まるとその部屋には誰かが住み始めていた。道路に面した窓に派手な色のカーテンがかかっていて、「ちょっとかっとんだセンスしてるよな」というのがマコトの意見だった。住んでいるのは女の人だな、とぼくは思ったんだけど、そのことは口に出さなかった。たぶんあとの2人もそう考えていたと思うけど、やっぱり口には出さなかった。 「なに、エロいこと考えてんだよ!」といわれるのがオチだ。女の人が住んでいるだろうなと考えることがエロいとは思わないけれど、「女」とか「女子」とか口にするだけで、みんなにわいわい言われちゃうんだ、最近は。
でもその家の住人を見かける機会はいっこうに訪れなかった。ぼくらが学校に行く時間にはいつも人気(ひとけ)がなく、ケンちゃんが塾の帰りに見たら夜もまっくらで静まり返っていて、やっぱり人気がないらしい。いつ家に帰って来るんだろう。人気がないだけで本当はいつも誰かがそこにいて、あの中でひっそり暮らしているのかも知れない。昼間はずっと眠っていて、夜になると起き出して目覚めて外に出てくるのかも……。理由はよくわからないけど、ぼくらはその部屋に住んでいるのはフツーじゃない人だと思うようになっていた。
でもそのうちぼくらはその部屋の住人を自分の目で確認することになる。それぞれが別々の機会に。マコトは土曜日の朝早く見たという。ケンちゃんは学校帰りにケーキ屋の箱をぶら下げて歩く人に会ったという。ぼくが見たのは夜で、道路とは反対側の窓のカーテンを閉める女の人の姿だった。その人はしばらく外を見てからカーテンを閉めて、電気を消して出ていった。
「やっぱり女だったな」マコトが言った。「そうだと思ってたんだよ、おれ」
そんなことは一言も言わなかったくせにマコトがそう言う。ケンちゃんはそれには答えず、
「なんか意外にフツーっていうか、フツーじゃなくないって言うか、そんな感じだったよな」
と言った。するとマコトが反論した。
「そうか? かなりフツーじゃない感じだったぞ。髪短くて歩き方も迫力あってさ」
「それ見間違いだよ。おれが見た時は髪、肩くらいまであったぞ。確かに足音をコツコツコツコツさせて迫力はあったけど」
「違うよ。もっとゆっくりした調子で歩くんだよ」
ぼくが見たのは背中に届くほど長い髪で、歩き方はもっと静かなものだった。
「ヨータはどうなんだよ」
「うん」自信がなくて髪のことや歩き方のことは言えなかった。「女の人だった。年は若いのか年なのかよくわかんなかった」
「そうそう。年はわからねえよな。若くはない。うん。若くはないと思うんだよ、あの迫力じゃ」
マコトがそう言うと、ケンちゃんも続ける。
「年齢不詳ってやつだな」
「なんだそれ」
「年がよくわからないって意味だよ」
「じゃあ、そう言えよ」
実を言うとぼくは時間が許す限りその部屋を見張っていた。あとのふたりにはナイショでだ。見張っていたと言っても、中の様子はまるで見えない。一度だけちらっと見えたのは、うちの近所には絶対にありえないような妖しいシャンデリアだった。ロウソクとかを立てるようなやつだ。時々不思議な音楽が流れてきたりすることもある。そして見るたびに姿が変わる女の人。ぼくはおかあさんからもらったキャンパスノートの表紙に「魔女日記」と書いて、自分が見たことを記録に留めることにした。どうしてマコトやケンちゃんに黙って一人でそんなことを始めたのか理由はわからない。塾の帰りの10時近くの10分間くらい、ぼくは建物の裏側の暗がりでその部屋の様子をうかがうのが日課になった。
そしてある晩、ノートを取りだしていると、だしぬけに後ろから声がした。
「何をしているのかな少年」
低い女の人の声だった。ぼくはほとんどもらしそうになった。振り向くと何とそこには3人の魔女がいた。あっと言う間に取り囲まれ、ぼくは逃げることも隠れることもできなくなってしまった。
「『魔女日記』?」さっきの声が言った。しまった見られた! 髪の短い魔女が続ける。「話を聞かせてもらうよ」
「こんなところも何だから、中に案内しよう」肩くらいまで髪のある魔女が言った。
「男子禁制なんだけどね」髪の長い魔女が言った。
こんな風にして、ぼくと3人の魔女の2年間は始まったんだ。
(「魔女」ordered by オネエ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「魔女」ordered by オネエ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ 近所に魔女がやってきた
ついこの間まで誰も住んでいなかったのに、新学期が始まるとその部屋には誰かが住み始めていた。道路に面した窓に派手な色のカーテンがかかっていて、「ちょっとかっとんだセンスしてるよな」というのがマコトの意見だった。住んでいるのは女の人だな、とぼくは思ったんだけど、そのことは口に出さなかった。たぶんあとの2人もそう考えていたと思うけど、やっぱり口には出さなかった。 「なに、エロいこと考えてんだよ!」といわれるのがオチだ。女の人が住んでいるだろうなと考えることがエロいとは思わないけれど、「女」とか「女子」とか口にするだけで、みんなにわいわい言われちゃうんだ、最近は。
でもその家の住人を見かける機会はいっこうに訪れなかった。ぼくらが学校に行く時間にはいつも人気(ひとけ)がなく、ケンちゃんが塾の帰りに見たら夜もまっくらで静まり返っていて、やっぱり人気がないらしい。いつ家に帰って来るんだろう。人気がないだけで本当はいつも誰かがそこにいて、あの中でひっそり暮らしているのかも知れない。昼間はずっと眠っていて、夜になると起き出して目覚めて外に出てくるのかも……。理由はよくわからないけど、ぼくらはその部屋に住んでいるのはフツーじゃない人だと思うようになっていた。
でもそのうちぼくらはその部屋の住人を自分の目で確認することになる。それぞれが別々の機会に。マコトは土曜日の朝早く見たという。ケンちゃんは学校帰りにケーキ屋の箱をぶら下げて歩く人に会ったという。ぼくが見たのは夜で、道路とは反対側の窓のカーテンを閉める女の人の姿だった。その人はしばらく外を見てからカーテンを閉めて、電気を消して出ていった。
「やっぱり女だったな」マコトが言った。「そうだと思ってたんだよ、おれ」
そんなことは一言も言わなかったくせにマコトがそう言う。ケンちゃんはそれには答えず、
「なんか意外にフツーっていうか、フツーじゃなくないって言うか、そんな感じだったよな」
と言った。するとマコトが反論した。
「そうか? かなりフツーじゃない感じだったぞ。髪短くて歩き方も迫力あってさ」
「それ見間違いだよ。おれが見た時は髪、肩くらいまであったぞ。確かに足音をコツコツコツコツさせて迫力はあったけど」
「違うよ。もっとゆっくりした調子で歩くんだよ」
ぼくが見たのは背中に届くほど長い髪で、歩き方はもっと静かなものだった。
「ヨータはどうなんだよ」
「うん」自信がなくて髪のことや歩き方のことは言えなかった。「女の人だった。年は若いのか年なのかよくわかんなかった」
「そうそう。年はわからねえよな。若くはない。うん。若くはないと思うんだよ、あの迫力じゃ」
マコトがそう言うと、ケンちゃんも続ける。
「年齢不詳ってやつだな」
「なんだそれ」
「年がよくわからないって意味だよ」
「じゃあ、そう言えよ」
実を言うとぼくは時間が許す限りその部屋を見張っていた。あとのふたりにはナイショでだ。見張っていたと言っても、中の様子はまるで見えない。一度だけちらっと見えたのは、うちの近所には絶対にありえないような妖しいシャンデリアだった。ロウソクとかを立てるようなやつだ。時々不思議な音楽が流れてきたりすることもある。そして見るたびに姿が変わる女の人。ぼくはおかあさんからもらったキャンパスノートの表紙に「魔女日記」と書いて、自分が見たことを記録に留めることにした。どうしてマコトやケンちゃんに黙って一人でそんなことを始めたのか理由はわからない。塾の帰りの10時近くの10分間くらい、ぼくは建物の裏側の暗がりでその部屋の様子をうかがうのが日課になった。
そしてある晩、ノートを取りだしていると、だしぬけに後ろから声がした。
「何をしているのかな少年」
低い女の人の声だった。ぼくはほとんどもらしそうになった。振り向くと何とそこには3人の魔女がいた。あっと言う間に取り囲まれ、ぼくは逃げることも隠れることもできなくなってしまった。
「『魔女日記』?」さっきの声が言った。しまった見られた! 髪の短い魔女が続ける。「話を聞かせてもらうよ」
「こんなところも何だから、中に案内しよう」肩くらいまで髪のある魔女が言った。
「男子禁制なんだけどね」髪の長い魔女が言った。
こんな風にして、ぼくと3人の魔女の2年間は始まったんだ。
(「魔女」ordered by オネエ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
【お題99】みずみずしい ― 2008/04/21 11:34:28
「みずみずしい」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「みずみずしい」ordered by オネエ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ ヒットメーカー
「社長」戸口のところで声がした。「社長!」
「ん? あ!」まだその呼ばれ方に慣れていないのでなかなか反応できない。「何?」
「キマイラドリンクの社長がお見えです」
「え? キマイラの? 柏社長が?」社長が直々来るとは何ごとだろう。アポイントもなしに。何か問題でもあったんだろうか。「なに。どんな様子?」
「どんな様子、ですか?」
先週アシスタントで入ったばかりの子に、そんなニュアンスを聞いてもわかるわけがない。
「ああ、いや、いいんだ。すぐ行く。会議室にお通しして」
この数年、キマイラドリンクのキャンペーンを一手に引き受けるようになって、あわてて構えた事務所が年々拡張して、以前はデザイナーの仲間と2人で小さなマンションの1室を借りてのんびり細々とやっていたのが、いまや社員は20人に増え、とうとう会議室まで持つようになった。人はサクセスストーリーと言うが、内情はそんなものではない。
「柏社長、これはどうも。わざわざお越しいただいて」
「いやいや、お忙しいところすんませんな。長居はしませんから」
「まあ、そう、おっしゃらず」特に怒っているということではなさそうだ。「しかし社長直々と言うことは何か大きなお話でしょうか」
「大きな話?」キマイラドリンクの社長が一瞬遠くを見る目つきになって、またおれを見る。「大きいと言えなくもないが、どちらかというと雑談です」
はあ? 雑談? こっちはおたくの次のキャンペーンのプレゼンで追いまくられているのに?
「雑談、いいっすねえ」こういう心にもないことを言うようになってしまった。「仕事とは関係なく?」
その時アシスタントがノックをして、お盆にキマイラのペットボトルとグラスを乗せて入ってきた。すると柏社長は思いがけない早さで言った。
「ああそれはいりません。ちょっと飲み過ぎなのでね。普通に入れたお茶があればお願いします」
きょとんとしているアシスタントに、あわてておれがフォローする。
「熱いお茶、入れてきて。水野におれがそう言ってたって言えばわかるから」
熱いお茶を一口すすって柏社長が言う。
「先日ね、聞いてしまったんですよ」
「は」
「部下に連れられましてね、おいしいカクテルを飲ませるからって」
「は」イヤな予感がした。「いいですね」
「火星の石をかざってる」
「MARS STONE」予感的中。「わたしも時々いきます」
「はい」柏社長は微妙な表情でおれを見つめた。「その時、いらっしゃいました」
「え゛?」すごくイヤな予感。「い、いつ。声をかけてくださればよかったのに」
「ちょうどマスター相手にすごく話しておられたので」
うわあ。まずいよ。それはまずいよ。
「そもそもあのプレゼンは通すつもりがなかったって」
あいたー! 新しいカクテル「王様の耳」を飲んだときだ。キマイラドリンクの製品のネーミングの裏話を洗いざらいしゃべってしまったのを聞かれてしまったんだ!
そもそもあのプレゼンは落ちるためにやったプレゼンだった。あの時おれたちは、もう、この仕事を辞めようと思っていたんだ。だから思いきり手を抜いてめちゃくちゃなネーミングをたった1案だけ持っていった。ロゴもデザイン以前のものをつくり、ごく普通の書体で「水」の肩に二乗の「2」をつけて、ビタミンCの「C」で〈水2C〉というだけの色気も何もないものだった。落ちるためのプレゼンだったのだ。柏社長だって最初は「すいつーしー?」なんて読んだ。それでよかったんだ。読めやしないということで落っことしてくれればよかったんだ。「みずみずしい」というのがその読み方だったんだが。
「〈水2C〉のプレゼンの話で」
「全部聞きました。辞めるおつもりだったんですね」
「はあ」聞かれたんなら仕方がない。「あの時は。でも採用していただいたおかげで、あんな大ヒット商品にかかわらせていただいて……」
そう。採用されたのも驚きだったが、大ヒット商品になってしまったのはもっと驚きだった。確かに機能もよかったし味もよかったが、ヒットするほどの個性はなかった。ましてや「みずみずしい」というネーミングで大ヒットするとは全く予想していなかった。あれ以来おれの肩書きは「みずみずしい感性のコピーライター」とか何とか、もう顔から火が出そうなことになっている。才能もセンスも枯れきったからこそやめようと思ってプレゼンしたのに、みずみずしい、だなんて。
「わたしも驚きでしたよ」キマイラドリンクの社長が言う。「『輝く笑顔に〈水2C〉』『一口飲んだら〈水2C〉』『乾期が来ても〈水2C〉』……。どのキャンペーンも大当たりでした。あなたのおかげです。」
「いやいや。製品がいいんですよ」
「しかし今日はそういう褒め殺し大会をしにきたわけではありません」来た。来たぞ。やっぱりクレームだ。クレームなんだ。「わたしもね、同じなんです」
「え?」クレームではないらしい。「同じ、とは?」
「〈水2C〉を採用した時にはね、こけるつもりだったんです」
「へ?」
「もう会社をやめるつもりだったんです。同じなんですよ」
呆気にとられてあいづちをうちそこなった。キマイラドリンクの社長は特に気にもせず、淡々と続けた。
「それでね。ひとつお願いがあるんです」
「はい」口封じだろうか。ああいうことをべらべらしゃべるなとか。「何でしょう」
「次の新製品なんですがね」
「は、はい」
「やっぱり終わりにしたいんです」
「はい?」
「だからあなたも狙わないでいただきたい。〈水2C〉の線も狙わず、ヒット商品も狙わず、落ちそうなネーミングも狙わず」
「むずかしいですね」
「むずかしいです。けれど会社をやめる覚悟を持って、通りそうもないネーミングをたったひとつ持ってきてください。ひどければ採用します」
「本気ですか」
「本気です。もうこれでやめます」
少し間があって、おれたちは同時に笑った。みずみずしい。うん。おれはともかく、この親父はみずみずしい感覚を持っているよ。
(「みずみずしい」ordered by オネエ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「みずみずしい」ordered by オネエ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ ヒットメーカー
「社長」戸口のところで声がした。「社長!」
「ん? あ!」まだその呼ばれ方に慣れていないのでなかなか反応できない。「何?」
「キマイラドリンクの社長がお見えです」
「え? キマイラの? 柏社長が?」社長が直々来るとは何ごとだろう。アポイントもなしに。何か問題でもあったんだろうか。「なに。どんな様子?」
「どんな様子、ですか?」
先週アシスタントで入ったばかりの子に、そんなニュアンスを聞いてもわかるわけがない。
「ああ、いや、いいんだ。すぐ行く。会議室にお通しして」
この数年、キマイラドリンクのキャンペーンを一手に引き受けるようになって、あわてて構えた事務所が年々拡張して、以前はデザイナーの仲間と2人で小さなマンションの1室を借りてのんびり細々とやっていたのが、いまや社員は20人に増え、とうとう会議室まで持つようになった。人はサクセスストーリーと言うが、内情はそんなものではない。
「柏社長、これはどうも。わざわざお越しいただいて」
「いやいや、お忙しいところすんませんな。長居はしませんから」
「まあ、そう、おっしゃらず」特に怒っているということではなさそうだ。「しかし社長直々と言うことは何か大きなお話でしょうか」
「大きな話?」キマイラドリンクの社長が一瞬遠くを見る目つきになって、またおれを見る。「大きいと言えなくもないが、どちらかというと雑談です」
はあ? 雑談? こっちはおたくの次のキャンペーンのプレゼンで追いまくられているのに?
「雑談、いいっすねえ」こういう心にもないことを言うようになってしまった。「仕事とは関係なく?」
その時アシスタントがノックをして、お盆にキマイラのペットボトルとグラスを乗せて入ってきた。すると柏社長は思いがけない早さで言った。
「ああそれはいりません。ちょっと飲み過ぎなのでね。普通に入れたお茶があればお願いします」
きょとんとしているアシスタントに、あわてておれがフォローする。
「熱いお茶、入れてきて。水野におれがそう言ってたって言えばわかるから」
熱いお茶を一口すすって柏社長が言う。
「先日ね、聞いてしまったんですよ」
「は」
「部下に連れられましてね、おいしいカクテルを飲ませるからって」
「は」イヤな予感がした。「いいですね」
「火星の石をかざってる」
「MARS STONE」予感的中。「わたしも時々いきます」
「はい」柏社長は微妙な表情でおれを見つめた。「その時、いらっしゃいました」
「え゛?」すごくイヤな予感。「い、いつ。声をかけてくださればよかったのに」
「ちょうどマスター相手にすごく話しておられたので」
うわあ。まずいよ。それはまずいよ。
「そもそもあのプレゼンは通すつもりがなかったって」
あいたー! 新しいカクテル「王様の耳」を飲んだときだ。キマイラドリンクの製品のネーミングの裏話を洗いざらいしゃべってしまったのを聞かれてしまったんだ!
そもそもあのプレゼンは落ちるためにやったプレゼンだった。あの時おれたちは、もう、この仕事を辞めようと思っていたんだ。だから思いきり手を抜いてめちゃくちゃなネーミングをたった1案だけ持っていった。ロゴもデザイン以前のものをつくり、ごく普通の書体で「水」の肩に二乗の「2」をつけて、ビタミンCの「C」で〈水2C〉というだけの色気も何もないものだった。落ちるためのプレゼンだったのだ。柏社長だって最初は「すいつーしー?」なんて読んだ。それでよかったんだ。読めやしないということで落っことしてくれればよかったんだ。「みずみずしい」というのがその読み方だったんだが。
「〈水2C〉のプレゼンの話で」
「全部聞きました。辞めるおつもりだったんですね」
「はあ」聞かれたんなら仕方がない。「あの時は。でも採用していただいたおかげで、あんな大ヒット商品にかかわらせていただいて……」
そう。採用されたのも驚きだったが、大ヒット商品になってしまったのはもっと驚きだった。確かに機能もよかったし味もよかったが、ヒットするほどの個性はなかった。ましてや「みずみずしい」というネーミングで大ヒットするとは全く予想していなかった。あれ以来おれの肩書きは「みずみずしい感性のコピーライター」とか何とか、もう顔から火が出そうなことになっている。才能もセンスも枯れきったからこそやめようと思ってプレゼンしたのに、みずみずしい、だなんて。
「わたしも驚きでしたよ」キマイラドリンクの社長が言う。「『輝く笑顔に〈水2C〉』『一口飲んだら〈水2C〉』『乾期が来ても〈水2C〉』……。どのキャンペーンも大当たりでした。あなたのおかげです。」
「いやいや。製品がいいんですよ」
「しかし今日はそういう褒め殺し大会をしにきたわけではありません」来た。来たぞ。やっぱりクレームだ。クレームなんだ。「わたしもね、同じなんです」
「え?」クレームではないらしい。「同じ、とは?」
「〈水2C〉を採用した時にはね、こけるつもりだったんです」
「へ?」
「もう会社をやめるつもりだったんです。同じなんですよ」
呆気にとられてあいづちをうちそこなった。キマイラドリンクの社長は特に気にもせず、淡々と続けた。
「それでね。ひとつお願いがあるんです」
「はい」口封じだろうか。ああいうことをべらべらしゃべるなとか。「何でしょう」
「次の新製品なんですがね」
「は、はい」
「やっぱり終わりにしたいんです」
「はい?」
「だからあなたも狙わないでいただきたい。〈水2C〉の線も狙わず、ヒット商品も狙わず、落ちそうなネーミングも狙わず」
「むずかしいですね」
「むずかしいです。けれど会社をやめる覚悟を持って、通りそうもないネーミングをたったひとつ持ってきてください。ひどければ採用します」
「本気ですか」
「本気です。もうこれでやめます」
少し間があって、おれたちは同時に笑った。みずみずしい。うん。おれはともかく、この親父はみずみずしい感覚を持っているよ。
(「みずみずしい」ordered by オネエ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
【お題98】海岸漂流物収集家 ― 2008/04/21 11:33:29
「海岸漂流物収集家」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「海岸漂流物収集家」ordered by delphi-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ 波間より
海岸漂流物収集家が砂を踏みしめ踏みしめやってくる。昨夜は風も強く波も高く夜のうちに潮が満ち、いまは引き始めたところだ。こんな日はたくさんの海岸漂流物が見つかる。流木。珍しい貝がら。大ぶりで綺麗な石。魚の骨。椰子の実。釣り具。外国の言葉が記された何かのパッケージ。そして海水と砂に削られたガラスの破片。
君は浜辺に打ち寄せる波がちょうど届くあたりでちゃぷちゃぷと海水に洗われている。向こうから歩み寄る海岸漂流物収集家を見て君はため息をつく。なんという姿だろう。遙か東の空にぽかりぽかりと浮かぶ雲を真っ赤に染めていままさに日がのぼらんとしている。その朝焼けを背に、彼女のシルエットは幻想的な影絵のようにも見える。気がついてくれるだろうか。気がついて拾ってくれるだろうか。
海岸漂流物収集家が歩みを止めて何かを拾う。ああ違う。そんなんじゃなくてこっちに来てよ。君は1日の最初の光を浴びてきらめき始めた波の下で身を揺する。水を通して見る景色はゆがんで見えて、海岸漂流物収集家が突然消えて見えなくなったりもする。見えたかと思うと、その手には美しく角の丸まった大きなガラス片が見えたりする。
そして君は悲しくなる。ああだめだ。あんなに立派なガラス片を手に入れたらもう今日はおしまいにしてしまうに違いない。事実見ていると海岸漂流物収集家は流木を拾い始める。鹿の角のような流木。呪われた生き物の顔のような流木。ずんぐりした仏像のような流木。骨のように白い流木。しかもだんだん遠ざかってしまう。
その時風が吹き、海岸漂流物収集家の帽子がふわりと舞い上がり、こちらへ飛んでくる。君は動転する。何も見えない。どこへ行った? 見失ってしまった。長い長い距離を越えてはるばるここまでやってきたのに。やっと会えるところまでやってきたのに! でももちろん心配することはない。君の目が見えないのは帽子のせいなのだから。そして間もなく帽子は上がるだろう。そして海岸漂流物収集家は君に気づくだろう。
君を拾い上げたら彼女は彼女の国の言葉で「あら、子犬みたいね」と言い、そして君をペンダントにするために胸ポケットに収めるだろう。
(「海岸漂流物収集家」ordered by delphi-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「海岸漂流物収集家」ordered by delphi-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ 波間より
海岸漂流物収集家が砂を踏みしめ踏みしめやってくる。昨夜は風も強く波も高く夜のうちに潮が満ち、いまは引き始めたところだ。こんな日はたくさんの海岸漂流物が見つかる。流木。珍しい貝がら。大ぶりで綺麗な石。魚の骨。椰子の実。釣り具。外国の言葉が記された何かのパッケージ。そして海水と砂に削られたガラスの破片。
君は浜辺に打ち寄せる波がちょうど届くあたりでちゃぷちゃぷと海水に洗われている。向こうから歩み寄る海岸漂流物収集家を見て君はため息をつく。なんという姿だろう。遙か東の空にぽかりぽかりと浮かぶ雲を真っ赤に染めていままさに日がのぼらんとしている。その朝焼けを背に、彼女のシルエットは幻想的な影絵のようにも見える。気がついてくれるだろうか。気がついて拾ってくれるだろうか。
海岸漂流物収集家が歩みを止めて何かを拾う。ああ違う。そんなんじゃなくてこっちに来てよ。君は1日の最初の光を浴びてきらめき始めた波の下で身を揺する。水を通して見る景色はゆがんで見えて、海岸漂流物収集家が突然消えて見えなくなったりもする。見えたかと思うと、その手には美しく角の丸まった大きなガラス片が見えたりする。
そして君は悲しくなる。ああだめだ。あんなに立派なガラス片を手に入れたらもう今日はおしまいにしてしまうに違いない。事実見ていると海岸漂流物収集家は流木を拾い始める。鹿の角のような流木。呪われた生き物の顔のような流木。ずんぐりした仏像のような流木。骨のように白い流木。しかもだんだん遠ざかってしまう。
その時風が吹き、海岸漂流物収集家の帽子がふわりと舞い上がり、こちらへ飛んでくる。君は動転する。何も見えない。どこへ行った? 見失ってしまった。長い長い距離を越えてはるばるここまでやってきたのに。やっと会えるところまでやってきたのに! でももちろん心配することはない。君の目が見えないのは帽子のせいなのだから。そして間もなく帽子は上がるだろう。そして海岸漂流物収集家は君に気づくだろう。
君を拾い上げたら彼女は彼女の国の言葉で「あら、子犬みたいね」と言い、そして君をペンダントにするために胸ポケットに収めるだろう。
(「海岸漂流物収集家」ordered by delphi-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
【お題97】左手 ― 2008/04/19 16:57:52
「左手」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「左手」ordered by tara-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
====================
◇ さりげなさの哲学
本当にどうでもいいようなことが不意に気になって仕方がなくなる日がある。だいたいがとてもつまらないことだ。テレビに出ていたコメンテーターの髪型が少しだけいびつだったことが気になって1日中、その微妙にずれた感覚を思い出していることもある。別にそれをどうこうするわけではない。テレビ局に電話して「今朝のワイドショーに出ていた航空事故評論家の髪型なんですが……」なんて指摘するわけではない。どうしてあんな髪型になってしまったのか、その歴史に思いを馳せるわけでもない。ただふと気になったことが、そのまま1日中後を引くようなことがあるのだ。人から「何か心配事でも?」なんて聞かれてびっくりすることがよくあるが、大抵はそんなことを考えている。
今日はそれが左手だ。朝歯磨きをしているとき急に「左手は何をしているんだろう?」と思ったのだ。わたしの場合は右利きなので、歯ブラシも右手で持つ。グーで握りしめたり、鉛筆持ちにしたり、細かく持ち替えながら、広い面は大振りで、かみ合わせ部分は細かく角度を変えながらやや強めに、歯と歯の隙間や歯ぐきとの境界あたりでは小刻みに震わせるようにしながらかき出す具合に、と右手は大活躍している。では左手は? と思ってしまったのだ。その間、左手は何をしているんだろう。
その時わたしの左手は親指を左のポケットに軽くかけておとなしくしていた。右手が細かい調整を繰り返しながら、技巧の限りを尽くしている間、左手はそれを手伝うでなく、見守りさえせず、右手に賛辞を送ったり嫉妬したりすることもなく、ただ左のポケットあたりで退屈そうにしている。わたしは左手に気づかれないように様子をうかがう。できるだけ歯磨きに集中しながら左手の様子をうかがう。時折リズムを取るようにふっと動くが、それが右手と同調しているのかどうか定かでない。
こうして気になり始めると、いろんな瞬間の左手のことが気になってくる。靴紐を履くとき、基本はやはり右手がめまぐるしく動いているが、実にさりげなくふっとひもを曲げたり調整したりしている。決してこれ見よがしなところはなく、やるところをしっかりおさえている。財布をとりだし会計するときも右手がせわしなく動いてお札や小銭を取り出しているときも、全然何もしていないような顔つきで、ふっとサポートしていたりする。それが絶妙な間合いなのだ。
こいつ、できるな。自分の左手をつかまえて言うことでもないが、わたしは感心した。さらに様子をうかがうと、右手が技巧を見せびらかしながらナイフさばきを見せている時も、素知らぬ顔をして左手は力を入れたり抜いたり微妙に角度調整したりしている。運転中にハンドルとギアの間で動き回るのは意外なくらいの活躍ぶりだが、そんな時でさえ決して主役のような顔つきをしない。まるでそこは舞台裏で裏方の仕事をしているような風情なのだ。
かっこいいじゃないか。できることならわたしもそんな立ち居振る舞いを身につけたい。あらためてしげしげと左手を見ようとしたとき、左手が言った。
「勘弁してくださいよ」
「勘弁って、何が」
「そう一日じろじろ見られているとやりにくくって仕方がない」
「ああ。気がついていたか。そりゃあ悪かった。ちょっと目が離せなくなってね」
「そんなことにならないようにいつもやってるのに」
「ああ。目立たないようにってのは意図的なんだ」
「意図的って言うか、もう染みついたもんですからね」
「わかったわかった。じゃあもっと気をつけて見守るよ」
「だめだめ。あんたこっそり見るのが下手くそだもん」
「わかった。もっと慎重にする」
「違うんだな」
「え?」
「慎重にしようとしたりしたらもうダメなんだよ」
「ははあ」
「身体で覚えなきゃ。百万回繰り返して何も考えずにできるようにする。それだけだ」
「わかりました」
そういうわけで、いまわたしは左手的な生き方を体得すべく、何も考えずにこなせることを身につける修行を始めた。左手は滅多に何も言わないが、わたしが「さっきの打ち合わせの相手のシャツとネクタイの取り合わせはなんというか……」などと考え込み始めると、「あんたのその、“気になることがあるんです”オーラ、すごく目立ってるぜ」なんて指摘されることもある。
(「左手」ordered by tara-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。
作品の最後に
(「左手」ordered by tara-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。
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◇ さりげなさの哲学
本当にどうでもいいようなことが不意に気になって仕方がなくなる日がある。だいたいがとてもつまらないことだ。テレビに出ていたコメンテーターの髪型が少しだけいびつだったことが気になって1日中、その微妙にずれた感覚を思い出していることもある。別にそれをどうこうするわけではない。テレビ局に電話して「今朝のワイドショーに出ていた航空事故評論家の髪型なんですが……」なんて指摘するわけではない。どうしてあんな髪型になってしまったのか、その歴史に思いを馳せるわけでもない。ただふと気になったことが、そのまま1日中後を引くようなことがあるのだ。人から「何か心配事でも?」なんて聞かれてびっくりすることがよくあるが、大抵はそんなことを考えている。
今日はそれが左手だ。朝歯磨きをしているとき急に「左手は何をしているんだろう?」と思ったのだ。わたしの場合は右利きなので、歯ブラシも右手で持つ。グーで握りしめたり、鉛筆持ちにしたり、細かく持ち替えながら、広い面は大振りで、かみ合わせ部分は細かく角度を変えながらやや強めに、歯と歯の隙間や歯ぐきとの境界あたりでは小刻みに震わせるようにしながらかき出す具合に、と右手は大活躍している。では左手は? と思ってしまったのだ。その間、左手は何をしているんだろう。
その時わたしの左手は親指を左のポケットに軽くかけておとなしくしていた。右手が細かい調整を繰り返しながら、技巧の限りを尽くしている間、左手はそれを手伝うでなく、見守りさえせず、右手に賛辞を送ったり嫉妬したりすることもなく、ただ左のポケットあたりで退屈そうにしている。わたしは左手に気づかれないように様子をうかがう。できるだけ歯磨きに集中しながら左手の様子をうかがう。時折リズムを取るようにふっと動くが、それが右手と同調しているのかどうか定かでない。
こうして気になり始めると、いろんな瞬間の左手のことが気になってくる。靴紐を履くとき、基本はやはり右手がめまぐるしく動いているが、実にさりげなくふっとひもを曲げたり調整したりしている。決してこれ見よがしなところはなく、やるところをしっかりおさえている。財布をとりだし会計するときも右手がせわしなく動いてお札や小銭を取り出しているときも、全然何もしていないような顔つきで、ふっとサポートしていたりする。それが絶妙な間合いなのだ。
こいつ、できるな。自分の左手をつかまえて言うことでもないが、わたしは感心した。さらに様子をうかがうと、右手が技巧を見せびらかしながらナイフさばきを見せている時も、素知らぬ顔をして左手は力を入れたり抜いたり微妙に角度調整したりしている。運転中にハンドルとギアの間で動き回るのは意外なくらいの活躍ぶりだが、そんな時でさえ決して主役のような顔つきをしない。まるでそこは舞台裏で裏方の仕事をしているような風情なのだ。
かっこいいじゃないか。できることならわたしもそんな立ち居振る舞いを身につけたい。あらためてしげしげと左手を見ようとしたとき、左手が言った。
「勘弁してくださいよ」
「勘弁って、何が」
「そう一日じろじろ見られているとやりにくくって仕方がない」
「ああ。気がついていたか。そりゃあ悪かった。ちょっと目が離せなくなってね」
「そんなことにならないようにいつもやってるのに」
「ああ。目立たないようにってのは意図的なんだ」
「意図的って言うか、もう染みついたもんですからね」
「わかったわかった。じゃあもっと気をつけて見守るよ」
「だめだめ。あんたこっそり見るのが下手くそだもん」
「わかった。もっと慎重にする」
「違うんだな」
「え?」
「慎重にしようとしたりしたらもうダメなんだよ」
「ははあ」
「身体で覚えなきゃ。百万回繰り返して何も考えずにできるようにする。それだけだ」
「わかりました」
そういうわけで、いまわたしは左手的な生き方を体得すべく、何も考えずにこなせることを身につける修行を始めた。左手は滅多に何も言わないが、わたしが「さっきの打ち合わせの相手のシャツとネクタイの取り合わせはなんというか……」などと考え込み始めると、「あんたのその、“気になることがあるんです”オーラ、すごく目立ってるぜ」なんて指摘されることもある。
(「左手」ordered by tara-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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