【お題33】単館ロードショー2007/12/29 18:38:11

「単館ロードショー」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「単館ロードショー」ordered by カウチ犬-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



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◇ 独白

 時々足を運びたくなってね。父は片手で口のまわりを拭うようなしぐさをする。かさかさの頬をかさかさの手のひらがこする音がする。一人で来るんだ、たいていはね。迷惑じゃないんですかと尋ねると、口元に笑みをたたえて、かまわんよと言う。今日はお前のために時間を取ると約束した。場所はどこでもいいと言うからここに決めた。私がそうしたかったからそうしたまでだ。

 父は腰を下ろすと座り心地を確かめるように身じろぎしてから尻の落ち着くところを見つけた風で、満足げなうなり声をあげる。一人で来るというのはどのくらいの頻度で? そうだな。月に1度、いやふた月に1度というところかな。本当はもっと来たいんだが。あらかじめ計画を立てて? とんでもない。計画なんか立てられんよ。その時ふと思い立って目についたところに入る。さもなければ昔々からあるお馴染みのところにね。昔々って? 学生時代だよ。そう。学生時代。講義をさぼってね、よくこもったもんだ。ここも本当はその一つだったんだよ。真新しいからそうは見えんが、私の学生時代からこの場所にずっとある。いろいろ観た。『クライングゲーム』『ブルーベルベット』『マーラー』『桜桃の味』『神経衰弱ぎりぎりの女たち』『ブルジョアジーの秘かな愉しみ』。単館ロードショーっぽいのばかりですね。単館ロードショー? ふふん、そんな言葉が生まれる前からその手の映画ばかり観ていた。いまでも内容を覚えていますか? 覚えていますかだって? 忘れるもんか。何も忘れんよ。何一つ。

 父の視線はスクリーンにまっすぐ向かっている。何一つ、ですか? そうだ。『アマルコルド』を観終わって外に出たら一面の雪だった。映画を見ている間に雪が降っていたんだ。『気狂いピエロ』を観たあとすぐに買い物に行った。ああいう服を着たかったんだな。あなたが? ベルモンドみたいな服を? そうだ。それから、そうそうそれから『サクリファイス』を見たころは二股をかけていてね。父はのどの奥の方でくっくっと笑う。おかげで二度観に行く羽目になった。でも眠ったのは一回目で二回目の時は食い入るように観ていたな。

 ここではどんな映画が見られるんですか? どんな映画? どんな映画でも観られる。でも先ほどこの刑務所のライブラリーを拝見したらルーカスとかスピルバーグとかトム・ハンクスとか。いやいや、どんな映画でも観られるんだ。あなたはここでも特別扱いと言うことですか? まさか。刑務所で特別扱いなんてことはない。いいかね。私の頭の中に全てが入っているんだ。私はただここに来て2時間ほど座っている。他のみんなが中庭で運動をしている時間だ。年寄りが建物の隅でじっとしていたって悪くなかろう? するとあなたはここにいて。そう、ここにいて映画を丸ごと観るんだよ。心の中で? いいやありありと目の前に観るのさ。

 いまぼくとこうして話しているように? そう。こうして話しているようにね。今日はお前が会いに来てくれてよかったよ。映画は観られないが、まあそんなことはいい。看守は誰と話をしているんだろうと思っているだろうよ。おおかた頭がおかしくなったってね。それから父はしばらく身じろぎもせずはるか先にあるスクリーンを見つめている。抗争の中で先に死んでしまった息子のことを思いながら。だからぼくはそっとその場を離れる。それに気づいて父は目を上げ、看守を呼ぶ。

「今日は中庭に出るよ。日に当たりたい」

(「単館ロードショー」ordered by カウチ犬-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題34】流星群2007/12/30 00:11:38

「流星群」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「流星群」ordered by カウチ犬-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



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◇ 掘り出し物

 日曜の朝は早起きをして骨董市に行く。原宿の町がまだ目を覚ます前に『東郷神社』の境内だけが活況を呈する。10代や20代の若い子たちであふれるのはそれから何時間も後のことだ。私にとって原宿は骨董の町である。とはいえこの早起きはさすがに堪える。6時過ぎのできるだけ早い時間に行かないとめぼしいものは出払ってしまう。もちろん私はあくまで趣味で見て回るだけだから、損をすることはない。むしろめぼしいものなんか見つけない方が家計のためにはなる。でもやはり「これは!」というものを見つけるときの快感は何者にも代え難い。妙なものを持ち帰ると小言を言う家人ももういないので、気楽に買い込むようになったかというとそういうことでもない。少し張り合いがなくなったのかも知れない。

 この季節は、特に厳しい。7時前など夜だと言っていい。それでも店はもう開き始めているし、そういう店に限ってすごいものを置いていたりする。気温はあまりにも低く、身体の芯から凍り付きそうだし、朝もやが出ているときなど、とてもじゃないが1000万人の世界的な大都市にいるとは思えない。箪笥があり椅子がありランプや電気スタンドがある。扇風機があり、コーヒ−ミルがあり、大小さまざまな額縁が並ぶ。凝った装飾のグラスや皿、茶器やティーセットなどの食器やカトラリーが勢揃いしている。和洋を問わず衣類がもやの中に浮かび上がる。美術書が並び、刀剣の類や鎧兜までもある。お面がずらりと並んで空虚な視線を投げかける。

 そんな中にボウリングの玉を見つけてわたしは失笑する。それを見て店の親父は言う。これはおすすめですぜ。ボウリングの玉が? ただの玉じゃありません。誰か有名な選手の持ち物なの? いえいえ、ボウリングの玉じゃないと言ったんです。よく見るとどこにも穴がない。でも見る限りボウリングの玉以外の何者でもない。これは穴をあける前の玉だろう? 違いますって。どう違うの。よくご覧になってください。じっくり見るがやはりボウリングの玉だ。ただ、まるで玉の奥の方までのぞき込めそうなとても深い紺色をしていて、美しい玉だということがわかる。で、どこが違うの? 夜になればわかります。夜になれば? 何だよ悪いものでも憑いているんじゃあるまいな。とんでもございません、これはね、星雲玉というものです。セイウンギョク? さよう、内なるプラネタリウム、星の光を溜め込む黒水晶です。

 1500円という価格を聞いて好奇心が勝ち、購入する。親父は玉を丁寧に包み箱に収め、おまけに保証書めいたものをつけてくれた。家に帰り紙を広げるとそこにはただ「2001年11月19日採集」とだけ書いてあった。何だかわからないままに部屋の隅に飾り、夜まですっかり忘れていた。夕食を終え風呂から上がり、しばらく部屋で本を読んでいたがやがて目が疲れ寝ることにして部屋の電気を消した瞬間、それは始まった。

 闇の中にひゅっと光が流れ闇に一条の痕を残す。おや、と思うとまたひとつ、さらにまたひとつ。続けざまに流れるものもある。早過ぎもせず遅過ぎもせず、明るすぎはしないが堂々とクッキリと闇を裂いて光が流れる。次から次へ。ひときわ明るいライトグリーンの光のすじが闇を切り裂きしばらく煙を上げたような痕を残す。ばりばりと音を立てたように感じる。

 そうだった。これは2001年のしし座流星群だ。車を出して湖畔のキャンプ場まで観測に行った。寒さに震えながら家人とポットの紅茶を分け合って、次から次へ降り注ぐ流星に息を飲んだ。あの時の流星群だ。息をするのも忘れるようにして見入った幻想的な夜空の祭典だ。布団に横になったままあの夜を再び過ごす。手を伸ばすと横には生前の妻がいて、私の手を握り返す。

(「流星群」ordered by カウチ犬-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題35】リクルートスーツ2007/12/31 09:26:01

「リクルートスーツ」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「リクルートスーツ」ordered by あべっちょ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




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◇ セールストーク

店員「スーツをお探しですか」
客「ええ。まあ」
店員「リクルートスーツ」
客「ああ。はあ」
店員「どういったものをお探しですか」
客「いやまだ特に」
店員「個性的なものを」
客「個性的って言うか」
店員「ありきたりなのを」
客「いや、あんまりありきたりでない方が」
店員「ではこちらなどいかがでしょう?」
客「女性用じゃないですか」
店員「ありきたりじゃないですよ」
客「そこまで個性的でない方が」
店員「女性用の中では地味な方です」
客「そういうことじゃなくて」
店員「ではこちらなどいかがでしょうか」
客「ああ。いいですねえ」
店員「裏地にバリ在住のアーティスト、ウギャン・グン・デルエさんの傑作『極彩色の歓喜』をあしらってみました」
客「いらないですから。裏地にそんな派手な絵、要らないですから」
店員「裏地はない方がいいんですか。寒いですよ」
客「いや。裏地は要りますよ。そういう派手な絵は……だって必要ないでしょう!」
店員「ははあ。すると表も裏もありきたりでなく個性的すぎずというあたりですね」
客「ええ、まあ」
店員「これなどいかがでしょうか」
客「……いい、感じだと、思いますけど」
店員「私がデザインしました」
客「ええっ?」
店員「いけませんか」
客「いけなくはないけど」
店員「お客さん、こういう話をご存じですか」
   非常に長い間。
客「えっ? 何? あ。返事待ってんの? 何だよそれ」
店員「こういう話をご存じですか?」
客「……こういう話ってどういう話ですか」
店員「リクルートスーツ棺桶説です」
客「棺桶!?」
店員「ここに2つの棺桶があります」
客「はあ」
店員「1つはマホガニー製で職人の手になる精緻な細工が施された非常に豪華な棺桶です」
客「ああ。はあ。」
店員「もう1つはぺらぺらの段ボールでできた間に合わせの棺桶です」
客「そんな棺桶はないでしょう」
店員「あるんです」
客「いやないでしょう」
店員「それがあるんですよ」
客「いくら粗末でも段ボールって」
店員「まあいいでしょう。そのうちわかりますから」
客「わかんないって! そのうちも何もわかんないって!」
店員「ではもし、この豪華な棺桶を見たらあなたは非常に立派な人物が、あるいは極めて裕福な人物がそこに眠っていると思うでしょう?」
客「まあ、はあ、そうですね」
店員「ところがバッ! 開けてみる。何だ! つまらないやつだ。そんじょそこらにいくらでも転がっている冴えないうだつの上がらない機転の効かない出世街道からも見放されたうらぶれた一束いくらでたたき売りされているような平々凡々の親父だ。どう思います?」
客「どう……って」
店員「食べたいと思いますか」
客「はあ?」
店員「やっぱり栄養をタップリ摂って、脂がのってて、食べごたえのある金持ちでなくちゃ」
客「何言ってるんですか」
店員「冗談ですよ、お客さん」
客「当たり前でしょう!」
店員「棺桶だけ立派でもダメってことです。中身が伴っていないのに棺桶だけ立派にしても、がっかりさせるだけ、いざふたを開けたときの失望が大きくなるだけなんです」
客「ああ。なるほど。無理に自分を良く見せようとしないで、身の程にあったのがいいってことですね」
店員「よくおわかりで」
客「うん、まあ納得が行きました」
店員「ではお客さん、どうぞこちらに」
客「え? あ、はい」
店員「お客さんだけに特別にお見せしたいものが」
客「はあ、ありがとうございます。何ですかここは」
店員「これなどいかがでしょう。あまり派手すぎず、でもそれなりのファッションへのこだわりを感じさせるデザインになっています」
客「これって、え? 何?」
店員「納得行ったんでしょう。買っちゃいましょうよ」
客「これ、だって……」
店員「そうそう。これがほら、段ボールの」
客「か、棺桶じゃないですか!」
店員「ね、あったでしょう? 段ボール製の棺桶」
客「そういうことじゃなくて」
店員「私がデザインしました」
客「いいかげんにせいっ!」

(「リクルートスーツ」ordered by あべっちょ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)