【お題13】ドライフルーツ2007/12/09 07:59:42

「ドライフルーツ」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「ドライフルーツ」ordered by 花おり-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



====================
◇ A Heart of Rock'n'Roll

「この季節になると毎年テレビでもラジオでも街の中でもかかる曲がありますね?」
 インタビュアーの女性がそう言うと、ロッカーはソファの中で居心地悪そうに姿勢を変えた。
「あれは別に俺がやったことじゃない」
「もちろんです。曲のパワーですよね」
「曲のパワー?」しばらく何か話し始めそうに顎を何度かかみしめ、それからぽつりと言う。「まあそうかもしれんよな」
「あの曲はどんな風にして生まれたんでしょう?」
「同じだよ、他の曲と。ピアノの前に座って鍵盤を叩きながらコード進行をいじったりしているうちにメロディが見つかる」不意にロッカーは身を乗り出しインタビュアーにぐっと顔を近づける。インタビュアーは体を反らすまいと懸命に姿勢を持ちこたえる。煙草か酒のにおいでもするかと思ったが不思議に老いた男からは何もにおわない。「俺はあいつらとは違うんだ。ある朝起きたらいきなりメロディが浮かんだり、曲が丸ごとバーンと頭に飛び込んできたりするような奴らとは」
「そうなんですか」
 ロッカーはまたソファに身体を預け深く息をする。
「あんたはいい匂いがする。香水の名前は知らんがラズベリージャムみたいだ」
「ラズベリー、ですか?」複雑そうな表情でインタビュアーは言う。
「うん。好きな香りだ。ああそうだ。ガラスの瓶がいっぱいあったんだ」ロッカーは目を細めて、ここにはない何かを見つめる。「小さい瓶だ。透明の。それがいっぱいあった。一つひとつ丁寧にラベルが貼られていて。ラズベリー、パパイヤ、パイナップル、チェリーもあったな。ピーチとかカシスとか。パイナップルはもう言ったか? あとあれだ。バナナとトマト。あんなものもドライフルーツにするんだな」
 インタビュアーは上手に相づちをうてないが、ロッカーは気にしない。
「それで俺が勝手に開けてつまむとあいつが怒るんだ」
「リサさん?」
「そう。怒るんだ。勝手に開けないで!って」しわだらけのロッカーの顔に微笑が浮かぶ。「一度こんなことがあった。あんまりいつも怒られるもんだから、でっかい瓶をいくつも買って、その中に適当にドライフルーツを詰め込んでプレゼントしたんだ。そうしたらあいつ、どうしたと思う?」
「喜んだでしょうねえ」
「逆だよ。ガシャーン!」大きく腕を上げ下げしてロッカーは大きな塊を投げおろすしぐさをした。「3階の窓から。全部だ。ドライフルーツもガラスも砕け散って飛び散って建物の入り口のあたりはもう大変な騒ぎだ。通行人もいるんだ。普通に歩いている。その上にガシャーン!」
「それは、ちょっと……」
「でも綺麗だった。窓から見下ろしたら、赤や黄色や紫やオレンジ、いろんな色が一面にぶちまけられて。粉々になったガラスが日の光にキラキラ光っていて。あんな女はもういない」そう言ってから、不意にその意味に気づいたようにロッカーは繰り返す。「あんな女はもういない。『ドライフルーツ』を書いたのはあいつが」
 唐突にロッカーは口を閉ざし、こみあげるものを抑えるように何度か顎をかみしめる。その眉間に深い縦じわが刻まれ、やがて元に戻る。それからロッカーは平坦な声で言う。
「飛行機事故のあとに書いたんだ、『ドライフルーツ』は。だから季節なんて関係ない。これはあいつと俺の曲なんだ」
 インタビュアーが何か気の効いた悔やみの言葉を思いつこうとしていると再び身を乗り出しロッカーは言う。
「あんたのにおいはあいつのにおいに似ている。あいつはいつもドライフルーツに囲まれていたからな。どうだ一杯やっていかないか。俺は医者に止められているから飲めないが、あっちの方は誰にも止められていない。というより誰にも止められない。おれにもだ。一晩中だって相手してやるぜ」

(「ドライフルーツ」ordered by 花おり-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題14】影2007/12/10 07:08:24

「影」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「影」ordered by イチ-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



====================
◇ ピーターパン・シンドローム

 夜更けに電話が鳴って、出るとおろおろと情けない男の声がする。「影がなくなっちゃったんだ」とかなんとか。最近学校に姿を見せなくなった同級生だ。ははん、と君は思う。ピーターパン・シンドロームね。大人になりたくないってわけね。

 そこでもこもこと防寒具を着込み、君は外に出る。もう電車もない時間だ。君は自転車にまたがり颯爽と深夜の住宅街を駆け抜ける。15分。深夜のこんな時間に男の一人住まいにいくからってそういう関係じゃない。彼氏ならちゃんといる。もっと年齢が上の、自分に自信を持ったオトナの男が。本当に世話が焼けるんだから、同世代の男どもは。姐御肌の君はこう言うときの面倒をひとりで背負い込んでいる。でもまあこれも性分だから仕方ないかと思っている。頼られるのはきらいじゃない。

 ところが話はそう簡単じゃなかった。
 着いてみるとなるほど影がなくなっていた。
「どうしたの?」と君は大声を出す。「影がないじゃない!」
「さっき言っただろ」か細い声で男は抗議する。「だから呼んだんじゃないか」
「だって」バカにされたような気がしてついとげとげしく言ってしまう。「だって影よ?」
「影だよ」
「バッカじゃないの」
「どうしてだよ」
「何をしたらこんなことになんのよ」
「わからないよ」
「わからないって。影よ。自分の影じゃないの!」
「そんなこと言われたって気づいたらなかったんだから」

 どうしてこんなに腹立たしいのだろう? きっとかつがれている気がするからだ。影がないだなんてそんな馬鹿馬鹿しいことがあるはずない。何か仕掛けがあるんだ。電灯のせいかもしれない! あわてて天井を見る。そうだ、きっと影が出ないような仕組みになっているんだ! 自分の足元を見る。当たり前の話だが影がある。男の方には、ない。そのとき男にはない影が君にはあることで自分がほっとしていることに、君は気づく。

「あ」ますます情けない声を男が出す。「あ!あ!あ!」
 男は妙な声を出しながら自分の手を見ている。君はその手が透けていることに気づく。手だけではない。腕も首も顔もどんどん薄くなっていく。手先はもうほとんど見えない。
「どういうしかけ? どういうしかけ?」君は叫ぶ。「白状しなさいよ、どういうしかけ?」
 すがりつくような哀れな顔をこちらに向けて男がゆっくりその場で宙に吸い込まれていく。
 夢だ!
 これは夢だ!

 その通り。これは夢に過ぎない。君は汗をぐっしょりかいて目を覚ます。すぐさま飛び起きて部屋の電気をつけ、自分の影を確かめる。当たり前の話だが影がある。洗面所に行きタオルを取り、新しいパジャマに着替えながら鏡の中の自分を見る。大丈夫ちゃんと映っている。そこにいるのが大学生の自分ではないことに少し驚き、驚いたことに苦笑する。どうして学生の頃の夢なんて見たんだろう。もう20年になるのに。あいつは、あいつらは今ごろどうしているんだろう。
 夢のことを思い返しながら君は眠りにつく。

(「影」ordered by イチ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題15】いかさま2007/12/11 10:50:27

「いかさま」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「いかさま」ordered by かつきち-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



====================
◇ いかさま天使

 いかさま天使がやってきたとき、もちろんこちらはそれがいかさまだなんて知らないわけだから、本物の天使だと思って接することになる。見た目はだいたいのところ天使らしいからだ。白っぽい薄手の衣裳を身にまとっていて、羽が生えていて、頭の上には輪っかが浮かんでいる。綺麗な髪の毛に浮かぶ美しい光のリフレクションを指す比喩的な「天使の輪」ではない。本当に輪っかが、ただ頭上に浮かんでいるのだ。何かでくっつけているわけでもなく。

 そりゃあ信じるしかないじゃないですか。

 だからその晩、部屋の中に天使が降りてきて(そうだ! おまけに宙から舞い降りてきたのだ。クレーンもピアノ線もなしに!)、「あきらめないで」などと言うものだからぼくはもうすっかり感激してしまったわけだ。とても美しい澄んだ声で。ぼくより少しだけ高いところに浮いて、あまりにも美しい顔でぼくの心を鷲掴みにしてしまい、深く潤んだ眼でぼくの目を釘付けにし、「あきらめないで。あなたには私たちがついているのだから」だ。もうメロメロじゃないか。

「そばにいてほしい」ぼくはすがりつく思いでそう言った。実際とんでもない状況だったからね。人間関係的にも金銭的にもビジネス的にももう全く抜き差しならない状態で、まだ生きているのが不思議ってていたらくだったから。

「あきらめないで。あなたは一人じゃない」そう言って天使がぼくのそばについてくれた時、これで何もかもうまく行くと、そう思ったさ。思わない方がどうかしているだろう?

 でもそれからだんだん妙なことに気づいたわけだ。天使は割と平気で冷蔵庫の中のものを飲み食いしたりする。最初のうちはさすが人間界とは感覚が違う、と感心したりしていたが、楽しみにしていたかまぼこを全部食べられたときにはちょっと困ったなと思った。

 それだけじゃない。ぼくが働いている間に勝手にCDを聞くらしいが、なんと盤面に指紋をベタベタつけるのだ。天使の指紋? そのあたりでぼくは気づくべきだったんだが、なにしろ貧すれば鈍すだ。まだぼくは彼女が天使だと信じていた。

 気がついたらその天使はぼくの携帯電話を使って妙なサイトにアクセスしまくって、わけのわからないものを次から次に買い込んでいた。トルコ絨毯とか、ワニの干物とか、瀬戸内海の小島とか、実寸のエンパイア・ステート・ビルディングの模型とか。破産寸前のぼくの携帯電話からどうしてそんな買い物ができたかぼくにはわからない。そのあたりはやはり天使的な何か特別な力があるのかも知れない。

 そうしてぼくはとうとう「抜き差しならない状態」を踏み越えたところに、突き抜けたところに行ってしまった自分に気づくわけだ。同時にこいつはいかさまだ!ということにも。そこでぼくはそのいかさま天使に宣告する。出て行け。もうお前とはおしまいだ。おれもおしまいだ。

「あきらめないで。私たちがついている」

 この期におよんでまだ言うか! と思ったら、部屋の中に天使がもう一人増えていた。

(「いかさま」ordered by かつきち-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題16】豚の貯金箱2007/12/12 22:50:30

「豚の貯金箱」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「ブタの貯金箱」ordered by sachiko-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



====================
◇ 山の童子

 山に関しては素人ばかりのパーティーなので、なかなかはかどらなかった。午前9時から登り始めてまだお昼前だというのにもう3度目の休憩を取っている。見るからに新品のウェアに身を固めた女性の3人組がとにかくすぐに音を上げてしまうのだ。女性の登山がブームだと聞きつけ、こういうタイプの客が増えた。
「あとどれくらいかね」
 五十過ぎのずんぐりした中年男がペットボトルのお茶をごくごく飲みながら尋ねる。それを見ながら和也はそんなに飲まない方がいいとアドバイスしようかどうしようか迷う。無視されたと感じたのか中年男は妙に丁寧な言い方で繰り返す。
「頂上まであと何時間くらいかかるのか教えていただけませんかね」
 和也は立ったまま、男にではなくパーティー全体に声をかける。
「予定よりずいぶんゆっくりした進行ですが、今回は無理なく登ることが目的ですので、このペースで続けます。ただしキャンプの予定地を変える必要がありそうですので、頂上を狙うのは明日以降になるかもしれません」
 いいよ!という軽薄な返事と、不満げなうめき声が流れる。
「もし頂上を明日にするなら、ほんの少し回り道をして景観のいい場所にご案内できます。ここからは頑張れば30分以内ですし、そこでお昼にするのもいいでしょう」途端に元気が出てきた様子で場に活気が戻ってくる。「それではいきましょう」

 案内した場所はコースからは少し外れるものの、意外性のある景観は一見に値する。いきなり視界が開け、大きな渓谷が姿を現す。ところが向こう側の斜面の一部が唐突な盛り上がりを見せ、ずんぐりとした岩場が見える。
「何かの形に似ていませんか?」
 和也が言うと口々に「饅頭だ」「茄子だ」と声が上がる。先ほどの中年男が「ブタの貯金箱だ」と言うとみんなが「そうだそうだそっくりだ」と同意する。そう。その岩場は色合いといい、形といい、ブタの貯金箱にそっくりなのだ。すぐに疲れる3人組は「可愛い」「巨人さんの貯金箱ね」と歓声を上げて記念写真を撮り合っている。
「あそこにはいけないのかね」中年男が言う。「いけないことはないだろう。どうせ今日は頂上を目指さないんだし」
「まずいですね」
「どうしてだ。すぐそこじゃないか」
 和也としてはまともに相手をしたくなかった。
「巨人さんが怒りますから」
 みんながどっと笑う。かっとなった中年男が怒鳴る。
「おまえはみんなに雇われているんだ。客の要望に応えるのがお前の……」
 その途端急に強い風がどっと吹き中年男の帽子を吹き飛ばす。帽子は谷間を滑空しちょうどブタの貯金箱の背中のあたりに消えていく。
「チャリン!」
 と子供の声がする。みんなが笑う。
「誰だ! いまチャリンと言ったのはどこのどいつだ。ただじゃおかんぞ」
 中年男はかんかんになって怒るが、和也は気づいている。そのあたりに子どもはいない。誰も「チャリン」などと言いはしない。でも和也は言う。
「失礼しました。これでもう貯金箱を割らない限り帽子は出てきません。巨人に身ぐるみはがれる前に先へ進みましょう」
 毒気を抜かれた様子で中年男はだまり、みんなも黙々とついてくる。コースの方に戻りながら和也が振り向くとブタの貯金箱の上に帽子が少しだけ見えて、バイバイというようにゆらゆら揺れている。

(「ブタの貯金箱」ordered by sachiko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題17】ハングル2007/12/13 12:18:56

「ハングル」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「ハングル」ordered by aisha-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



====================
◇ ある芸術家の悲劇

 共感覚というものがあって、色を見ると特定の音が聞こえたり、あるいは数字を思い浮かべると同時に色や風景が浮かんでくるといったものが有名である。つまり本来別々に感じられるはずの聴覚や視覚がある種の“混線”を起こしたような状態だ。なぜそんなことが起こるのか。仮説はいろいろあるが説明はできない。

 最初、「芸術家」の共感覚は月並みなものだった。音の刺激が色を呼び起こすので、いろんな音楽を聴いて浮かんでくる色をどんどん塗りつけていくと一つの作品ができあがるという具合だった。必要な能力は、絵の具を瞬時に混ぜ合わせて脳裏に浮かんだ色をすばやく塗りつけていくというどちらかというと手先の器用さだけあれば十分だった。1曲聞き終わると作品ができあがり、その曲のタイトルをそのまま作品につければ完成である。ジョン・レノン「ジェラス・ガイ」やビーチボーイズ「ペット・サウンズ」がまず当たり、群馬県民ホールの壁画にシューベルト「ピアノソナタニ長調」を描いたことで評価は高まった。

 ところが間もなくこの共感覚は失われ、次にやってきたのは匂いが形を呼び起こすというものだった。曲を聴くようなやり方で匂いの刺激を受けると言うことは考えにくく、また一定の場所にいる限り匂いは変化に乏しいため、この能力を作品に反映することは至難の業と思われた。しかし「芸術家」はちゃんとブレークスルーを見つけた。世界中の街や名所を訪れて、その場所特有の匂いをフォルムとして描き出したのだ。「ブルックリン」「ソーホー」「モンマルトル」「ケルン大聖堂」「パッポン通り」「ゴビ砂漠」などがその時期の代表作でこのままいくとワールドワイドな名声を築くのも時間の問題と思われた。

 けれどもこの共感覚も突然終わってしまった。

 そして不思議な共感覚がやってきた。目に映るものすべてがハングルの文字に変換されてしまうのだ。もちろん景色は景色として見えているのだが、同時にその色や形や明るさなどの全てがハングルとして襲いかかってくるのだ。「芸術家」はハングルの規則も構成も知らないし、血縁に朝鮮半島の出身者がいるわけでもない。にもかかわらず浮かんでくるハングルはデタラメではなく実際に存在するものばかりで、しかも書きつけるとそれが黙示録的な文章になっているとされた。自分では意味も分からずに書き付けたものが文章として意味をなしているらしいとわかってから、「芸術家」はそれをそのまま世に出していいのかどうか悩み、韓国人の友人に自分が描いた作品を翻訳してもらうという作業をしてから作品を発表するという面倒くさい手続きを踏むことにした。

 たとえばそれはこんな具合だ。トレドの街の遠景を描いた作品は「大いなる火事 にもかかわらず 広がるギャップ 飛び越えるは アホウドリ」といった詩のようなものになり、六本木ヒルズを描いた作品は「巨大ロケットの屹立するペニスは降り注ぐガラスの破片を芸術的に埋葬し船乗りの役に立たぬ灯台守はただ周囲にくまなく眼を配る」というような長大な呪文となり、「芸術家」の故郷の港を描いた絵は「虫取り網と帽子 友だちと友だちの友だちと友だちの友だちの友だち 裏切りと裏切られ 初恋の動悸 無力感と屈辱 へこんだ弁当箱 通学路の階段」といった具合に記憶の博物館のようなものになった。

 翻訳を読み返しながら「芸術家」はそれが個人的に非常に的確な言語化であることに気づく。なぜハングルなんだろう。なぜ最初から母国語にならないのだろう。あるいは自分は知らないだけで朝鮮半島の出身なのだろうか。そしてハングルを学ぼうとし始めたタイミングで、またしても共感覚は失われてしまう。そして今度ばかりは替わりの共感覚は何も生まれてこない。そうなって初めて「芸術家」は自分を見つめ直すことになる。自分は何をもって芸術家だったのか。自分の作品とは何だったのか。そして──当たり前のことだが──見つめ直した自分は共感覚よりも説明不可能なことに気づく。

(「ハングル」ordered by aisha-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題18】生え抜き2007/12/15 17:06:59

「生え抜き」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「生え抜き」ordered by カリン-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



====================
◇ 矜持(プライド)

 そして作家はマントを羽織ると誰にも声をかけずむっつりした顔で外出する。腕組みをして、足早に。黙々と歩き続け、早くても半時間、長いときは3時間くらい帰ってこないこともある。その間、どこに立ち寄るでもなくただただ歩き続けているらしいが、誰かがついて回って確認したわけではないので確かなところはわからない。

 家の者はそれを見て、ああまた行き詰まっているなと察する。いつもそうなのだ。書いているものが先に進まなくなるとこのように歩きに出る。目的は答が見つかるまで歩き回ることなので、すぐに答が見つかればそれで帰ってくる。でもだいたい頭の中で整理するのに時間がかかるので最低でも半時間くらいはかかるわけである。

 たいていは細かい表現に関することで、例えば今日などは「生え抜き」にするか「生粋」にするかで悩んでいる。場合によっては「たたき上げ」の方が適切なのではないかと思いついたあたりから、考えるべきことが膨らんでしまった。「生え抜き」か「生粋」かはほぼ同じ意味なので趣味の問題とも言えるが、「たたき上げ」にすると主人公の設定がいささか変わってしまう。いままで書き上げた部分も修正しなくてはならなくなる。そこまで踏み込むべきかどうかで悩んでいるのだ。

 もうひとつ作家を悩ませていることがある。

 それは夕べ編集者が教えてくれたインターネット上のある流行の話だ。インターネットの利用者の誰かが「お題」と呼ばれるものを出し、それに対して作家気取りの者達が極々短い小説をものすごいスピードで書き無料で公開する、ということが流行っているらしい。サドンフィクションと呼ばれるそれらの作品は少なく見積もっても10万点を超すというすさまじいボリュームになっており、あろうことか多くの読者を獲得しているというのだ。それもずっと活字離れを指摘されていたはずの若年層がこれを面白がって異様な活況を呈しているらしい。編集者によれば、いずれは読書文化は印刷された活字ではなくインターネット上に移行し、出版社を逼迫するのではないかとまで言うのだ。

 ふざけるな! と作家は考える。そんな思い付きをただ垂れ流すようなものがまっとうな作品として認められるわけがない。例えばわたしは、こうして歩き回る中で、それまで三人称で進めていた物語の話者を二人称にすべきだという結論に達し、既に書き上げていた600枚にもおよぶ原稿を全て書き直したことがある。そういう全身全霊を賭けた作業をその者達は想像さえできないに決まっている。

 編集者は言っていた。最初に始めたのはa.k.a.hiroとかいうどこの馬の骨とも知れないコピーライターで、しばらくは1人でやっていたが、わずか1、2年ほどの間に我も我もと書き手が増えていまや1万人近くの書き手がインターネットを徘徊しているらしい。

 広告屋風情が! 作家は苦々しく思う。どうせあっちこっちで仕入れたネタを上手につぎはぎするのが得意なんだろう。その手の剽窃まがいの閃きだけは上手で、それが模造文化に慣れた読者に受けているに決まっている。だいたいa.k.a.hiroとは何だ。なんて読むのかもわからない。「あかひろ」とでも読むのか。そういえば「なんとかチャンネル」というものがインターネットにあってそこの社長だかなんだかの名前が確かそんな風ではなかったか?

 小説の創造に必要なのは閃きだけではない。まず習慣として書き続ける能力が絶対的に必要だ。ぱっと書いてもう終わり、などもってのほかだ。それだけではない。構想力、構成力、そして粘り強すぎるくらい粘り強い推敲に耐えられるだけの忍耐力が必要だ。ものすごいスピードとは何ごとだ。単なる忍耐力のなさの表れではないか。おそらくその者達は「生え抜き」と「生粋」で悩むことなどないだろう。ましてや「たたき上げ」に変えることで全面的な書き直しをするかどうかについて頭を使う努力など思いつくことさえできないに違いない。いやいや。それどころか「生え抜き」と「たたき上げ」の違いだって知らない可能性がある。出版社も出版社だ。何を考えてぐちぐちと泣き言を言っているのだ。わたしをそんな者どもと一緒にされては困る。わたしには矜持がある。なぜならわたしは文芸誌に認められ文芸誌とともに育った生え抜きの作家だからだ。

     *     *     *

 そこまで書いて作家は万年筆を止める。いやここは生粋の作家とすべきだろうか。むしろたたき上げの作家とした方が、地に足のついた作家の誇りのようなものを強く表現できるのではないだろうか。
 そして作家はマントを羽織ると誰にも声をかけずむっつりした顔で外出する。(冒頭に戻る)

(「生え抜き」ordered by カリン-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題19】ハレルヤ2007/12/15 17:08:06

「ハレルヤ」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「ハレルヤ」ordered by みやた-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。




====================
ハレルヤ!ハレルヤ!

 毎週火曜日には教会に入園前の小さな子どもたちが遊びに来る。「いたずら会」の日だ。教会の牧師は子どもたちと過ごすこの時間が好きだ。子どもたちも牧師と遊ぶ時間をとても気に入っている。牧師と一緒にいると次から次へと面白いことが起こるからだ。たっぷり子ども達と遊んだ後、火曜日の夕方に牧師は時折ひとりのマジシャンのことを思い浮かべることがある。いまはもういない、過去のマジシャンのことを。

     *     *     *

 当初ハレルヤ斎藤はデイヴィッド・カッパーフィールド的なマジシャンとして登場した。1990年には北海道のだだっ広い大麦畑で最新鋭の巨大なトラクターを一瞬で消し、1991年には富士山麓の自衛隊演習場で戦車部隊をまるごと消してみせた。トラクターの所有者や自衛官が演技でなく真剣にあわてふためく様子など、スケールの大きさに加えユーモラスな演出が話題になり、一躍人気を得てハレルヤ斎藤はテレビ番組改編期の常連となった。1992年には東京タワー上空を飛んでいた2機のヘリコプターを消してしまい東京中をあっといわせた。同年、羽田空港でジャンボジェット機が一瞬にして100羽の鶴になって飛んでいった。1993年の正月番組では、神宮球場で360度から見られている状態でリトルリーグの少年少女50人を消してみせた。しかしこの時、パニックに陥った保護者の恐怖の悲鳴が球場内に響き渡り、以来、ハレルヤ斎藤はお茶の間向きではないという烙印を押され、テレビ界から遠ざけられた。

 おりしもバブルがはじけ、制作費のかかる番組が敬遠されるタイミングだったこともあり、人気絶頂の時とは対照的に、手のひらを返したようにどこの局からも声がかからなくなった。ラスヴェガスのようなショー空間を持たない日本において、ハレルヤ斎藤のようなマジシャンにとってテレビは唯一のステージだったから、これは死活問題だった。テレビ局が安心するようなネタを次々に考案して持ち込んだが、いったんケチがつくとテレビ局の態度は極めて冷淡だった。もう検討すらしてもらえなくなっていた。

 各地のバブリーなホテルのディナーショーで食いつなぎいでいた時代はまだ良かったが、これも景気の悪化とともに減っていった。ハレルヤ斎藤のショーの特長だった「笑い」の要素が姿をひそめ、自然、受けも悪くなっていったが、自分では受けが悪い原因は最も得意とするスペクタクルマジックが封印されたせいだと思いこんでいた。追い打ちをかけるようにマジックのトレンドがテーブルマジックに移行してしまうと、もはやどこからも全く声がかからなくなり、事実上廃業に追い込まれた。いや。チャンスはまだあったのかも知れないが、ハレルヤ斎藤の中で何かが終わってしまったのだった。

 2001年の冬、牧師だった父が亡くなり、ハレルヤ斎藤は宮崎の実家に戻った。放蕩息子の帰還である。名前も斎藤晴也に戻ってそのまま教会に住み着き、牧師の仕事を継ぐべく勉強を始めた。何度か無神経な雑誌の「あの人はいま」「一発屋伝説」といった特集に取り上げられたこともあったが、それすらもたいして話題にならないほどで、斎藤晴也はひっそりと勉強に専念して過ごした。2003年には正式に牧師になった。2004年の秋、地元の子どもたちと話していて彼らが雪を見たことがないと言うのを聞いてクリスマスに雪を降らせ、短い時間雪景色をつくった。もちろん誰にも言わずただ雪を降らせだけなので、それが斎藤晴也牧師の仕業だということを誰も知らない。

 それが楽しかったので、2005年の春には何度かにわたって桜が満開を迎えるようにした。しかしながらその結果といえば花見の宴会が長引き公園のゴミが増えただけだったので、これはもうやめようと思った。夏が近づき、子どもたちが虫取りに連れていってもらったことがないと聞いて、教会の裏手の山を虫取りのワンダーランドにしてみせた。たくさんの子どもたちが虫取りに夢中になり、「最近では珍しく山野を駆け回る子どもたちの声が聞こえる」と地元紙でも紹介された。

 そしていま斎藤牧師は今年のクリスマスは何をしようかと考えている。ホワイトクリスマスはもうやってしまった。トナカイのそりに乗って空を飛ぶサンタクロースを出現させるのも楽しそうだが、宮崎だけにサンタクロースが現れてもぴんと来ないだろう。雪だるまが行進したりしたらさすがに誰の仕業だってことになるだろうし、そうなると牧師としては困る。

 今日は火曜日。いつものように斎藤牧師は、教会に遊びに来た子どもたちを簡単なトリックでからかう。人生の全てが毎秒毎分、驚きに満ちている小さな子どもたちは、牧師のマジックをいちいち不思議がったりはしない。ただ、他の大人より面白い大人として牧師を面白がるだけだ。落としたはずの帽子を服のお腹のところから取り出されてけらけらと笑ったり、部屋の隅で万国旗たちが振り付けの練習をしているのを見て大はしゃぎしたり。どうして牧師と一緒にいると世界はこんなに面白いんだろう。子どもたちの笑いはそう物語っている。

 そうだ。不意に斎藤牧師は思い出す。どうして忘れていたんだろう? 笑わせるために始めたんじゃないか。小学生の時には給食の時間、友だちが持っている箸を一瞬で2本の鉛筆にかえて大受けした。中学校では背を向けて黒板に書いている先生の頭の寝癖の上に矢印を飛ばして教室中爆笑に巻き込んだ。ああそれがいい。笑えるマジックがいい。今年のクリスマスにはひとつ、みんなが笑って大はしゃぎして腹の底から愉快な気分になれるようなことをやってみようじゃないか。

 こうして放蕩息子は再度帰還する。そう。ハレルヤ斎藤が帰ってきたのだ。

(「ハレルヤ」ordered by みやた-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題20】ワールドカップ2007/12/16 21:53:48

「ワールドカップ」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「ワールドカップ」ordered by カウチ犬-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



====================
◇ 坂の上の公園

 久しぶりに姉が帰宅してきたので家族は歓待する。年が明けるとすぐまた病院に戻らなければならないので、家で過ごす時間をせめて少しでも楽しく過ごさせてあげようと心を砕く。でも両親は少し気を使いすぎだ、と君は思う。もっと楽に接すればいいのに、あれではまるで家族じゃなくて、お客さんを招いたみたいじゃないか。父親は出張した先の南米のどこかで手に入れた珍しいアクセサリーを、渡しながらあれこれしゃべって墓穴を掘る。普通に「先月ペルーに行ったおみやげだ」とか渡せばすむことなのに、別に姉だけに気を使ったわけではないということと、先月買ったのにいま渡すのには他意がないということまで説明しようとして、どんどん深みにはまって何を言っているのかわからなくなっていく。

 両親と姉の頬に凍り付いた笑いが浮かんでいるのが見るに見かねて君は割り込む。「そういうの、エクアドルの選手もしていたよね」とか何とか。姉さんだってそういうぎこちなさはあまり居心地良くないに違いないと思うからだ。でも姉は微笑みを浮かべたまま不思議そうに君の顔を見つめ「エクアドル?」と首を傾げる。

 昼食の後、ぎこちなさに耐えられず君は姉を散歩に誘う。姉が嬉しそうにうなずくと、両親があからさまに肩の荷が下りたような顔つきをするので君は少しかっとなる。そういうの、やめろよな。
 姉とはぶらぶらと高台の方に行く。小さな頃、君より遙かに活発だった姉に引きずり回された山の方だ。当時はまだまだ自然が残っていたが、いまではすっかり造成されて高級住宅エリアに化けてしまった。それでも往時の面影はところどころ残している。
「ここはカラスアゲハをつかまえたところだね」だしぬけに姉が言う。
「そうそう」君は面食らっている。今回戻ってきてから始めて発したまともな言葉だからだ。「良く覚えてるね。姉さんがあのめちゃくちゃ長い虫取り網でカラスアゲハをつかまえたところだよ」
「ふふん」と自信ありげに姉は笑い、まるで活発な少女時代に戻ったようだ。「あれにはコツがあるんだ。蝶をつかまえるんじゃなくて蝶の周りの空気をすくいとるんだ」
「へえー。あの頃教えてくれれば良かったのに」
「大丈夫。また来るから、その頃が」
 君はあいまいにうなずく。また来る? それは何かの比喩なのか、障害のひとつなのか。そんなことはおかまいなしにキラキラした眼で君を見つめながら姉は言う。
「エクアドルって何?」
「えっ?」それからさっきの会話を思い出す。「ああ。ワールドカップに出るんだよ。エクアドル」
「ワールドカップって何?」
「ええっ?」子どものころサッカーが上手だったのはむしろ姉だった。一世代昔のジョージ・ベストに夢中になって、あれこれと海外の選手の話をしてくれたのも姉だった。「サッカーの、4年に1回、サッカーの世界一を決める……」
「あああれか」素っ気なく姉は言う。「私は出られない」

 冗談を言ったのかと一瞬君は思うが、そうではない。姉がサッカーに夢中だった頃、まだ女子にはサッカー選手としての未来がなかった。そのことを言っているのだ。そのことを憤っているのだ。もしそういうことがなかったら姉はワールドカップに出ることを目標にしただろう。それは大いなる目標であり、夢の世界であり、憧れの対象だった。でも現実にはそういう道はなかった。少なくとも当時は。

 会話が途切れる。君たちは高台の見晴らしのいい公園を目指してやや急な坂を上る。坂の途中で姉はぱたりと歩きやめ、泣き始める。いじめられたか弱い少女のように身を震わせ泣きじゃくる。君は途方に暮れる。30歳を過ぎた女性が昼日中、道の真ん中で泣いているのだ。どうしたらいいのかわからない。でも同時に不思議な感動を覚える。子どものころ姉はいつだって自分を守ってくれる強い強い存在だったから、そんなか弱い少女のような表情を見たこともなかった。そしていまは自分が姉を守る側なんだと感じ、そっと肩に手を回す。姉は素直に身を寄せてきて、二人で並んで歩き出す。

 公園について、ベンチに座る。下界の街を遙か見渡せるベンチだ。冷たい風が吹き渡るが視界はくっきりとさえ渡っている。遠くを走る電車や高速道路の音がはっきり聞き取れる。足元に見える母校のグラウンドでサッカーをしている。
「ワールドカップだ」彼女がつぶやく。君は姉の顔を見る。真剣な顔で食い入るように見ている。そして君の方を振り向き、確認するように繰り返す。「ワールドカップだ」
「うん。あれがワールドカップだ」
 むろん、それはワールドカップなどではない。でも他になんて言える? 幸福そうに彼女は笑う。君は少し幸せな気がする。

(「ワールドカップ」ordered by カウチ犬-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題21】カウントダウン2007/12/17 07:26:53

「カウントダウン」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「カウントダウン」ordered by 花おり-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



==========
◇ 晴れ舞台

「いやしかし暮れやねー」
「ほんまやねー暮れやねー」
「めっちゃ冷えてきたなー」
「ほんまほんま冷えてきたわ」
「昼間、道歩いとったら突風がぶわってきて」
「そうやそうや突風がぶわってきて」
「……すうって引っ込んでったなあ」
「ああそうやった引っ込んでったわ」
「かと思ったら角のところでクワドラプル」
「そうやったクワドラプル」
「ほねほねマンがそれを見てバケツをペンギンさんの行列にどーん」
「ああバケツをペンギンさんの行列にどーんってな」
「……知ってるか? 今日なんかあれですで。一年で一番!」
「ああそうそう一年で一番!」
「なんや。言うてみ」
「なんやのん。君、言うてえな」
「君、言うたりいな」
「なんでやねん。そこは君が言うとこやろ」
「いやいや、ここは君に譲ったるから」
「いらんわ。知らん人からものもろたらあかんてオカンに言われとんねん、子どものころから」
「知らん人やないやろ、君とぼくで」
「いいや。知らんで君のこと」
「知らんことないやろ15年もやってきて」
「何を」
「何をって漫才やがな。コンビやがな」
「何やそれ。してへんで、そんなん」
「何を言い出すんや君は。小学校以来のつき合いやないか」
「やめてください、そういう無理難題を言うのは」
「あほか。ぼくが伯爵で、君が下々の者、二人合わせて」
「いやもう何のことかさっぱり」
「ていうかほんなら今ここで何しとんねん」
「通りすがりの人と会話してるんやがな」
「通りすがりて! ぼくをつかまえて通りすがりの人かい!」
「もうカンベンしてもらえます? ぼく急いでるんです」
「何で敬語やねん」
「そういう宗教とかアンケートとかはほんま母に止められているんです」
「誰が宗教やねん。それも母って。初めて聞いたわ君の口から」
「アイドルになる気もありませんし」
「言うてへんて」
「ほな行きますんで」
「待ちいな」
「もう、ほんまあきまへんねん」
「何が」
「行かなあきまへんねん」
「どこへやねん」
「十数えたら、もう行きますで」
「どこへやねん」
「10、9」
「あのなあ。困んねんって」
「8、7」
「マジで、なあ。お前おらんようなったら」
「6、5」
「他に仕事ないし。待てやこら」
「4、3」
「おれ一人でどないすればええねん」
「2、1」
「だからどこ行くねん!」
「来年へ! ゼロ」
二人「あけましておめでとうございまーす!」
「いやあ、これでまた年末まで仕事ないなあ」
「そろそろコンビ名、変えよか」
「それ、去年も言うとったわ」
二人「どうもカウントダウンでしたー」

(「カウントダウン」ordered by 花おり-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

【お題22】天国と地獄2007/12/19 22:56:36

「天国と地獄」と言う言葉がどこかに出てくる作品をお待ちしています。
タイトルに限らず、本文中のどこかに1回出てくればOKです。

作品の最後に
(「天国と地獄」ordered by helloboy-san/text by あなたのペンネーム)
とつけてください。これはお題を出した人への礼儀と言うことで。



====================
◇ 金曜夜・研究室

「天国と地獄が同時に同じ場所に存在するとは神学的な大事件だな」
 友近がグラスのシングルモルトウィスキーをなめながら言う。風間は自分のグラスにウィスキーを注ぎながら同意する。
「本当に。最初はそんなつもりはなかったんだが」

 二人の見ている先には小さな嵐が巻き起こっている。青みがかった灰色の風が疾走し、その後を漆黒の風が追う。両者が絡まり合ってごろごろところがり、研究室の机の脚に激しく衝突して二つに別れる。さすがは風だけあって机の脚に激突したことなどまるっきり気にせず、もう次の疾走に移っている。

「でもこれじゃあ、やってられんだろう。学生に文句言われないのか?」
「学生の方が喜んでるんだってば、おれが連れてきたのは天国の方だけだし」
「じゃあ地獄は」
「さあ。学生の誰かだと思うが、そこまではわからん。ある日気がついたら増えていた」
「天国が地獄を招いたのかもよ」
「ああ。それでも不思議はない。こいつらちょっと変わってんだ」
「天国と地獄が同時に同じ場所に存在するとは神学的な大事件だな」
「お前、それ、さっきも言ったぞ」
「そうか?」

 友近はずいぶん弱くなった。前は少々のアルコールでは何の変化もなかったが、最近では早々と眠そうな顔つきになるし、話もぐるぐる回り始める。でももう長らく続いた習慣で、金曜の夜にこうして研究室でだべりながら飲むのをやめることができない。特に妻を亡くしてからの友近は、家に帰りたくないのだろうと思うから余計にやめられない。何をしてやれるわけじゃない。言ってやれるわけじゃない。でも笑顔を浮かべることすらまれになった旧友をほったらかしにすることもできない。まあ、それを言い訳に二人とも好きな酒を飲んでいるだけかも知れないが。

「週末なんかはどうしているんだ?」
「誰かしら出てくるから相手はしてやれる」
「長い休みは?」
「前の夏休みはうちに連れて帰った。でも途中で地獄がいなくなって大騒ぎだった」
「どうしたんだ?」
「それが研究室に戻ってきたらちゃんといてさ」
「猫は家につくっていうからな」

 そう言った途端、天国が壁際の棚を一気に駆け上がり天井近くからとんぼ返りを打って風間の膝の上に落ちてきた。続いて地獄が同じことをしようとしたので、風間は思わず立ち上がって「こらっ!」と一括した。その途端2匹はしおらしくなって、しかし風間ではなく友近の足元に寄っていき頭をすりつけ始めた。

「おれのところには来ないんだ。叱ったからな」
「頭がいいんだよう、なあ?」
 友近が猫たちの頭をなでながら、妙に高い声で言うので風間はおかしくなる。
「で、どっちが天国でどっちが地獄だ?」
「真っ黒なのが地獄。灰色に薄い白い点が5つあるのが天国だ。というか、最初はテンゴだったんだけどな」
「ああ?」
「点々が5つあるからテンゴって呼んでたんだが、そのうちテンゴ君がつまって天国になっちまった」
「テンゴクンか? ははは。で、地獄の方は?」
「天国がいたから地獄さ」

 言った途端に地獄は目を細めて友近に甘えた声で鳴いてみせる。
「おおーそうかあ。地獄がお前みたいなら、死ぬのもそんなに悪くないかもな」
「そうでもないぜ」すっかり地獄ファンになってしまった友近を見ていてからかいたくなり、風間は鈴のついたボールを投げる。「ほらっ」

 天国がまずボールを追い、その後を地獄が追う。ボールを押さえた天国に地獄が飛びかかり、そのまま大きな毛玉となって鈴の音を鳴らしながら転がっていく。またしても2色の風となった猫たちは研究室の中を所狭しと駆けめぐる。

「天国と地獄が同時に同じ場所に存在するとは神学的な大事件だな」
 また同じことを言っている。その途端、風間の膝の上を天国と地獄が次々に駆け抜けていく。
「まったくだ」風間は同意する。「盆と正月が一度に来たようだとは言うが、これは天国と地獄が一度に来たようだ」
「悪くないじゃないか。全然悪くない」

 2匹の引き起こす大混乱を眺めながら満足そうに目を細めて友近が言う。まったくだ。その様子を見て風間は心の中で同意する。悪くない。全然悪くない。

(「天国と地獄」ordered by helloboy-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)